:和田信二郎『巧智文學』


和田信二郎『巧智文學―東西共通の趣味文學』(明治書院 1950年)


 この本もずいぶん昔に買って積んであった本。塚本邦雄がこの本を編集者から渡されたことが『ことば遊び悦覧記』を書く端緒となったと、同書の「跋」に書かれています。塚本邦雄を動かすほどのことはあって、これまで読んだことば遊び本にはないマニアックな狂熱を感じさせられました。それは著者が文筆を職業とする人ではないところから来ていると思われます。「まへがき」に「文部省の縁の下に黙々と働くこと40年・・・やっと自分の体になったと思った時は、はや71歳で、日暮れて途遠しであった」(p3)とあるように、ずいぶんご苦労されたみたいです。仕事の傍らコツコツと資料を集められたその努力に頭が下がります。

 いろいろ知らなかったことがたくさん出てきました。まず、「いろはにほへとちりぬるを」という「いろは歌」のようなものはそうあるものではないと思っていたら、昔から「あめ・つち・ほし・そら」や「君臣歌(きみまくらのうた)」、太田蜀山人本居宣長の作品がある上に、明治時代に万朝報がいろは歌を懸賞で募集して応募が一万篇を越えたとあり、そんなに出来るものかと驚いてしまいました。本書にはその時の佳作二十篇が掲載されています。

 また、著者は漢文資料に強いと見えて、これまでの本では見なかった野馬臺詩、山形詩、璇璣図・織錦図などの奇妙な造型詩がたくさん出てきます。どう読むかは本を読んでいただくとして、見た目だけを少しだけ写しておきます。
野馬臺詩山形詩
擬織錦図車輪形

 日本のものでも、雙六盤の歌とか碁盤の歌、結銭木之図、さらにはことばと絵を合わせたものなど、新しい分野のことば遊びが数多く紹介されていました。折句の例がうんざりするほど引用されていて、こんなにたくさん作られていたということになると、和歌というものが詩文の世界から離れて、知恵や教養を競うゲームみたいなまったく別のものになっていたという気がします。

 西洋の例も英独仏羅にわたって紹介されていて、私の関心のあるフランス語も、折句にはじまり、花の表徴をあらわした野馬臺詩、縦横に読める八重襷、縦横に読める三角形・菱形の図形が紹介されていました。以前読んだピエール・ギローの『言葉遊び』には、カリグラムとクロスワードが若干紹介されていただけだったので、他にこうしたフランスのことば遊びを紹介した本がないか探して見ようと思います。西洋の例のなかで大がかりなのは、スペインのオビエド市のサン・サルバドル寺院の入口の墓の上にあるという不思議なラテン語の碑で、横19文字、縦15文字の長方形をしていて、縦横とも左右上下どこから読んでも文章になっており、中心から読むと270通りに読めるというしろものです。

 著者の興味は尽きるところがなく、言葉を離れて、だまし絵的なものの蒐集や、数字パズル的なものにまで広がっています。面白い絵柄がいくつがありましたので、これも紹介しておきます。扉に描かれていた上下二通りに見える「ほてい入道」、骸骨と二人の女性が重なって見える絵の2点。
入道骸骨と女性

 細かいところでは、正倉院の宝物の一つに蘭奢待という名香があり、これは一種の物名(ぶつみょう、名前を隠すことば遊び)となっていて、東大寺という字を蘭奢待という字の中に隠し込んだ上に、音の点では蘭麝を匂わせたもの、というのがなかなか手が込んでると思いました。