:新倉俊一『ジュルダン大通り7番地』


新倉俊一『ジュルダン大通り7番地―パリ日本館の窓から』(三修社 1986年)
                                   
 前回読んだ阿部良雄と同じ年生まれの文学者のパリ滞在記。この人の本は3年ほど前に『ヨーロッパ中世人の世界』と『フランス中世断章』を読んで、このブログにも感想を書いています(2014年1月23日、2月5日記事参照)。その時は、中世の文学世界を広く展望しながら、明快な考証がなされていて、とてもよく勉強してかつ頭脳明晰な人という感想を持ちました。

 それが、この本では一転して、パリの日本館館長の仕事を中心としたフランスでの生活についての報告で、ほとんど文学に触れるところがなく、ましてや中世文学者の面影はありません。中世文学者というと、いかにも難しい資料と首っ引きで世離れした人のように思っていましたが、実務も相当できる人のようです。改修工事の工期が遅れ、予算がオーバーするなかに赴任し、夜警を兼ねて館に住み込み、金策に駆け回り、監督者として工事関係者を叱咤激励もしています。

 日本館のことを離れても、時事的な話題が多く、フランス現代社会の問題についてもかなり関心が深いように見受けられました。いくつか知らないことで興味をひかれたのは、ひとつは、フランスには「闇労働」というものがあること。付加価値税が高いことが原因みたいですが、社員が会社を通さず請け負うパターンと、失業者がアルバイト的に請け負う場合があるようです。依頼人からすれば格安で発注できるわけで、これが盛んになっている(といっても1980年ごろの話)ようです。もう一つは、日本人学校が日本のカリキュラムに合わせているため、英語が第一外国語になっているというおかしな実態。

 この本は4つの章に分かれています。Ⅰ章が日本館に着任してからの日本館を中心とした話題、最後は次の館長に引き継ぎをするところで終わります。Ⅱ章は季節の風物、とくに夏を中心としたフランスの生活について、Ⅲ章は強いて言えば日仏比較論でしょうか、冬と春の風物も交じります。Ⅳ章はあえて言えばフランス社会の低迷について。「あとがき」で、編集者の発案で書いた順でなく、ばらばらにしてモザイク状にしたと書いてありましたが、意図がよく分かりませんでした。

 文章はわれわれの世代に近く平明ですが、逆に言うと重みがないという面もあります。とくにⅡ章では、「どうにもならないや」とか「大した発明だと思ったな」、「あったのでしょうね」とか珍妙な文体が気になりました。

 パリ日本館には、2014年のパリ旅行の時に、縁あって訪問する機会がありました。日本のお城のような外観にまずびっくりし、それから夜だったので、暗くてひっそりしていたのが意外な印象でした。この本にも書かれていましたが、エレベーターの故障が多く、友人の館長が修理の手配までしないといけないとぼやいておりました。その時の写真を載せておきます。