:ALBERT SAMAIN『CONTES』(アルベール・サマン『物語』)

表紙
ALBERT SAMAIN『CONTES』(MERCURE DE FRANCE 1907年)

                                   
 昨年、ブラッサンス公園の古本市で購入した本。サマンの翻訳本は森開社の『青い眼の半獣神』、堀口大學の『サマン選集』や盛林堂の『サマン名訳集成』があるようですが、未入手。『サマン名訳集成』は「クサンチス」以外は詩のみ、『サマン選集』もおそらく詩のみ、『青い眼の半獣神』がどうやらこの『CONTES』の翻訳のようですが、確認できておりません。「クサンチス」は森鴎外訳で持っていますし読んでいるはずですがあまり覚えてませんでした。

 冒頭一読するなり、ボードレールやレニエの散文詩と同様の詩的情緒に惹きこまれてしまいました。物語にはなっていますが、どちらかと言うと、話の展開よりも、詩の言葉で織りなされた文章が主役の作品です。フランスのウィキペディアを見ても、この『CONTES』は詩として分類されていました。話自体もファンタジー的要素が濃厚で、陳列棚の人形たちが作り出す物語やギリシア神話、中世物語風の世界は、現実の生々しい苦しみを盛ったリアリズム小説とはまったく別の雰囲気を醸し出しています。

 読後全般的に感じたことは、退行的退嬰的な気分が基調だということです。この時代19世紀末の雰囲気が全編に横溢しています。「クサンティス」の骨董品が繰り広げる異世界、「ディヴィン・ボントン」の内向的な女性のこの世から離れて生きることへの想い、「青い眼の小牧神」の神話的世界と死を希う心、「ロヴェールとアンジゼル」の4人姉妹の二人が死に一人は気が狂いもう一人も病弱という死の影がつきまとう世界。

 もう一つの読後の感想は、文章がとても読みやすいこと。とくに「青い眼の小牧神」や「ロヴェールとアンジゼル」はとても読みやすかった。難しい単語が少ないこと、文章が短いことが理由でしょう。大学の初級講読のテキストとして出会えていたら、もう少しフランス語への意欲が湧いたと思います。

 話が少し逸れますが、大衆小説でもやたらと難しい語彙を使う作家がいて、昔これなら読めるだろうとジェラール・ド・ヴィリエのスパイ小説の原書を読もうとして難渋し断念したことがありました。作家の個性を作るのは語彙だと思いますが、とくに詩の場合はもともと難しい単語を使うことが少ないもので、単純な言葉を使っていかに複雑かつオリジナルな世界を築くかというのが詩人の才能です。たくさん単語を知っていることと一つの言葉の意味を深く体得していることとはまったく別のものだということが分かります。

 細かいところでは、貝のなかに海の響きを聞くというフレーズがありました(p79)。これはコクトーの有名な詩よりも早いのではないでしょうか。逆に「牧神」のテーマはマラルメの影響に違いありません。

                                    
 各篇を簡単に紹介します。
◎XANTHIS, OU LA VITRINE SENTIMENTALE(クサンティス、多感な展示品)
 陳列ケースの中で、骨董品たちが繰り広げる恋愛劇。人形や胸像が命を吹きこまれたように生き生きと動き感情を爆発させるところが妙味。美貌の希臘のタナグラ人形を、侯爵、音楽家の胸像、牧羊神がそれぞれの個性で愛し、幸せな時間を共有するが、タナグラ人形のちょっとした気まぐれが原因で、牧羊神が彼女を壊してしまうことで、調和が乱れ、侯爵、音楽家、牧羊神とも末路を辿る。


〇DIVINE BONTEMPS(ディヴィン・ボントン)
生まれつき内に籠る性格の女性が、その性格ゆえに男性の愛を素直に受け入れられず、好きだった男性も別の女性と結婚してしまう。その後彼の妻が亡くなって後妻となり、前妻の子を献身的に看病して助けるが、その影響で自分の子は生後間もなく死んでしまう。最後は夫も死に、町はずれの小さな家で、思い出の品々に囲まれ、祈りのうちに生きる。静謐な暮らしへの憧れが溢れた一篇。


◎HYALIS, LE PETIT FAUNE AUX YEUX BLEUS(イヤリス、青い眼の小牧神)
 小牧神が人間の娘を垣間見て恋をするが、彼女は小牧神を見て逃げ出す。煩悶した小牧神は死ぬことを希望し、一ヶ月後に死ぬという魔女の毒を飲む。すると、凋落していくものへの共感が増し世界がとても美しく見え始め、広大な宇宙の神秘に触れた気がした。期日が来て小牧神は愛する人の寝室に忍び込み、寝入っている彼女を間近に見ながら死んでいく。全篇この世ならぬ優しさと神秘に包まれている。「Les dieux ne connaissent point la beauté de la mort(神は死の美しさというものを知らない)」(p115)という言葉がかっこいい。


◎ROVÈRE ET ANGISÈLE
イタリアの侯爵と島国の王女との出会い。明るいイタリアの華やかな逸楽の世界と、どんよりとした気候の荒涼とした島国(アイルランドがモデル?)の死の恐怖と悲しみに覆われた世界の対比が際立っている。それはまた美と死の対比でもある。最後にそれが合一した境地で終わる。トリスタンとイゾルデの余韻がかすかに聞こえるようなファンタジー的趣きのある一篇。