:江國滋の三冊

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江國滋『旅券は俳句』(新潮社 1990年)
江國滋『微苦笑俳句コレクション』(実業之日本社 1994年)
江國滋『にっちもさっちも』(朝日新聞社 1978年)


 読んだ順。はじめの二冊は俳句と文章、最後の一冊は俳句なしのエッセイです。前回『モーロク俳句ますます盛ん』に期待して得られなかった境地がありました。読んでいる間中面白すぎて、呑み屋で友人の馬鹿話を聞いているといった雰囲気で、さて読み終わってみて、ここに何を書いていいやらよく分かりません。

 で江國滋の人物像を考えてみました。ひと昔前の中年男の典型を見る思い。さらに細かく言うと、中年の編集者が浮かんできます。故事諺や古の風習、礼儀に通じていて、言葉の使い方にうるさく、若者の傍若無人には怒る一方、自らは昼酒にたばこぷかぷかで、40度の熱が出ても煙草とビールは止められない。


 『旅券は俳句』は、そんな男が海外を旅する話で、ところどころに自作の句や他人の句を交えながら面白おかしく文章を綴っています。これはシリーズになっていて、イギリス、ドイツ、スイスなど、だいたい同じ調子なので少し飽きてきました。本作では、「バリ島珍道中」が、まさしく珍道中の名にふさわしいドタバタ喜劇。永六輔小沢昭一と長年つるんでいる俳句の会「やなぎ句会」仲間の海外吟行で、香港でラブホテルに男同士で押し込められたりして、結局バリ島にはたどり着けなかったという内容。

 「猫も杓子も西海岸」では、パック旅行の利点を考えてみたり、俳句の翻訳についての所見を開陳しています。パック旅行の利点として安さが真っ先にあげられているは時代を感じさせます。俳句を外国語に訳すのは、「や」「かな」「けり」などの切れ字や「箸先にまろぶ子芋め好みけり」の「め」が訳せるか(p203)と否定的ですが、「The friendly snowman/ Enjoying the sun’s heat/ Feeling the mistake」(p208)といった海外俳句の面白さは認めているようです。「雪だるまひなたぼこしてべそをかく」といった感じでしょうか。


 『微苦笑俳句コレクション』は、俳句専門誌や句集、婦人雑誌の投稿句などのなかから、これと思った句を書き留めたノートを公開したもので、総勢207名の236句が収められています。大家の句も無名の人の句も同じように並べているのは好感が持てます。

 微苦笑という言葉が示すように、諧謔味のある句を選んでいますが、その寸評が、句にストレートに反応し、句の面白さを増幅させるような文章になっています。選ばれた句の実例をいくつか示しておきます。
焦がされてこれぞまことの目刺なる(林翔)/p53
ポケットに黒のネクタイ冷奴(西山誠)/p75
梅漬けて死ぬこと忘れゐる老婆(服部海童)/p104
蟻語とは手話かも昼の遊歩道(浦井文江)/p119
ここよりほかにゐるとこなくて夜長かな(生地みどり)/p160
火の気なき炬燵の上の置手紙(岸田眠女)/p227

「花粉症は・・・春の季語として立派に通用すると考える」(p51)という言葉を読んで、季語は誰が決めるのかという疑問が湧いてきました。


 『にっちもさっちも』は、中年男が世の中の新傾向に苦言を呈すといった趣きのエッセイ集で、山本夏彦などに通じるものがあります。まだ比較的若い頃に書いたものなので、真剣に憤っている感じがします。怒りの対象は、呑み屋での対応、歩行者天国、教育、役所の対応、広告やデザイン、言葉遣いや若者の言動、果ては勤労感謝の日、テレビドラマの伴奏音楽にまで及びます。

 『にっちもさっちも』では中学生と小学生の娘さんが出てきますが、それが『旅券は俳句』ではもうアメリカ留学を終えて帰国していることになっています。他のエッセイでも娘さんのことがよく出てきますが、一人の作家のエッセイをずっと読んでいると、一家の成長を追うことができるのがまた味わいの一つ。