:Jean-Baptiste Baronian『PANORAMA DE LA LITTÉRATURE FANTASTIQUE DE LANGUE FANÇAISE―Des origines à demain』(ジャン−バティスト・バロニアン『フランス幻想文学展望―起源から明日まで』)


Jean-Baptiste Baronian『PANORAMA DE LA LITTÉRATURE FANTASTIQUE DE LANGUE FANÇAISE―Des origines à demain』(La Table Ronde 2007年)
                               
 フランス幻想文学の基本文献として、M・シュネデール、P・カステックスと並んで、よく名前が出てきていた本。ようやく入手したので読んでみました。320頁ほどですが、細かい字でびっしりと印刷されていてかなりの分量。でも今回は音読もせず要約もせず、辞書を引くのも最小限にとどめたので、一日20頁ほどのペースで読み進めることができました。幸い知っていることも多かったのでその部分は早く読めたし、辞書的な感じで具体的な作家名や作品名が次々出てきて、あまり抽象的な議論がなかったので、読みやすかったというところはあります。

 特徴としては、時期を18世紀以降に絞っていること(中世を渉猟すると限りない)、1999年刊の本まで取り上げていて現代にも強いこと(この本は2000年の再版で、「1978年刊の初版にかなり改訂を加えた」と序文にある)、バロニアン自身がベルギー生まれとあってベルギー幻想文学に一章を割いて詳しく紹介していること。

 また冒頭(第Ⅰ章)で、幻想文学の定義について概観があり、併せてフランスで出版された主要な幻想文学論についても概要が紹介してあること。巻末にはさらに詳細に、幻想文学を論じた文献がリストアップされていること。フランス幻想文学を研究する人にとってはたいへん便利。こんなにたくさん幻想文学関係の本が出されていたとは知らなんだ。


 ここで簡単に、バロニアンの幻想文学の定義を紹介しますと(間違ってるかもしれません)、
幻想文学の定義は曖昧で、いろんな意見があるが、一般的にはあまりいい評価はなく、文学としてはマイナーな存在、娯楽である。すでに流行遅れでSFなどにとって代られつつあるとも言われる。時代とともにどんどん変容を遂げていて定義は難しい。
②幻想という言葉には、平穏な日常に突如現れた突拍子もないものという意味がある。現実に起こっているがそれが説明できず、説明できるものと説明できないものの矛盾が存在する。また宝くじや瓦が落ちてくるような偶然も幻想(fantastique)と言われる。
③それが文学に適応された場合、説明できない、非合理、超自然、恐ろしいものといったニュアンスになる。が実際の作品には一括りにできない多様な性格があり、幻想文学というより変格文学と言った方がいいかもしれない。
④隣接しときには融合するジャンルとして、妖精物語、驚異譚、熱狂文学、寓意譚、SF、ユートピア小説、ナンセンス物語、シュールレアリズムがある。


 といろいろと書きましたが、何と言ってもこの本のいちばんの特徴は、「パノラマ」というように、一人の作家を深く掘り下げるというよりは、群小作家も含めて網羅し時代の流れの中に位置づけていること、でしょう。作家名索引をざっと数えてみると700を越え、作品名リストは1250ぐらい。知らない作家や作品がたくさん出てきて実に有益な読書となりました。


 というわけで、新たに読んでみたいと思ったのは、次のとおりです。名前を知っていた作家はカタカナ、知らない作家はアルファベット表記、作品名はいちおう日本語に移してみました。
18世紀およびロマン派前期(第Ⅱ章)では、Jean-Pierre Claris de Florianの「ヴァレリ」(話者の女性が実は幽霊)とJean Galli de Bibbiénaの「人形」(陶器の人形が変身する)、P・ボレルの熱狂文学の傑作「ピュティファル夫人」、A・エスキロスの「魔法にかけられた城」、Léon Gozlanの「悪魔の未亡人」「130の女の物語」、ミュッセの兄ポール・ミュッセの「ナイトテーブル」「悪魔の生活」。

ロマン派(第Ⅲ章)では、Ch・アスリノーの「快い響き、音楽の町」(ベルリオーズと共作『オーケストラの夜』所収)、Jules de la Madelèneのホフマンの音楽小説に似た「ロジータ」「ストラディヴァリウスの最後の時」、G・サンドの「ローラ、旅と印象」と象徴主義的な作品「穹窿」。

リアリズムの幻想としては(第Ⅳ章)、Ch・バルバラの音楽小説「エロイーズ」(『9つの感動的な話』所収)、エリファス・レヴィの妻C・ヴィニョンの「怖い話」、デュマ・フィスにも「銀の箱」「赤毛のトリスタン」という幻想作があった。シャンフルーリの「蝋顔男」、A・ドーデの「金脳男」と植物の反乱を描いた「木石」。Léon Henniqueの「性格」(17世紀の過去を懐旧し亡霊と交流する男の話)、Jean Mornasの二重人格を扱った「妄想、我と他者」、Jules Claretieの良質な吸血鬼小説「蝋の手を持つ男」。

世紀末の幻想としては(第Ⅴ章)、ラシルドの「サド侯爵夫人」、C・マンデスの「ゾハール」、O・ミルボーの「ジュール神父」「神経衰弱者の21日」、Edmond Haraucourtの「日記帳」「作品に閉じ込められた男」、J・リシュパンの「形而上的機械」、レニエの義兄Maurice Maindron「箙(えびら)」、G・ダンヴィルの「あの世の物語」、Antoine Monnierの珍妙な詩「銅版画と空っぽの夢」、Laurent Montesisteの「眩暈譚」、Victor-Émile Micheletの「超人譚」など。

大衆幻想小説としては(第Ⅵ章)、ロズニー兄の吸血鬼文学の傑作「若い吸血鬼」、自分の分身を殺す「超自然的殺人」、G・ルルーの真剣味に溢れた「盗まれた心臓」、ホフマン調で手に汗握る面白さのある「悪魔を見た男」、それに想像文学の傑作「テオフラスト・ロンゲの二重人生」、Jean Josephe-Renaudの短篇集「呪われたピアノ」、エジプト神話を題材にした「生きている針」、André Couvreurのエロティックな幻想小説「アンドロギヌス」、Maurice d’Hartoyの「青い男」、Pierre Frondaieの幽霊が語ったという設定の「運命」、Ernest Pérochonの丹念に作り上げられ雰囲気のある「幽霊」、M・サンドの説明不能の狂気に満ちた「ツァンツァ」、恐怖劇作家A・ド・ロルドの短篇集「悪夢」「震え」「蝋人形」。

詩的幻想としては(第Ⅶ章)、Pierre Bettencourtの奇妙な妄想短篇集「狂気が勝つ」、Gilbert Lascaultの幻獣が登場したりする神話的諸作、Alexandre Arnouxの器物の怪が出てくる「変奏曲」、J・カスー「サラ」「星から庭へ」、André Beuclerの「三羽の鳥」、Ladislas Dormandiの「バベル通りの幽霊」「船長の幽霊」、Yve Régnierの「幽霊」、Robert Lebelの「千里眼」、A・ドーテルの「ジュリアン・グレヌビの幻想旅行」「神話年代記」、Lise Deharme「悪魔の400打擲」「すぐ近く」など。

民話的想像力としては(第Ⅷ章)、Jean de La Varendeの「魔女」、R・クノーが絶賛したJean Blanzatの「偽造」「イグアナ」、Claude Avelineの「本当だが信じてはいけない話」。

ベルギー作家としては(第Ⅸ章)、G・エクーの「トニー・ワンデルの心臓」(『村祭』所収)、J・ロラン、ワイルドが絶賛した「絞首自転車」、晩年作「ルツェルン橋の死の舞踏」、F・エランスの初期短篇集「風の向こう」「目立たない光」「夜想曲風」、後期の「夢の眼」「世界の終り」、Marcel Thiryの「アンヌ・クエのための協奏曲」(『ありそうな話』所収)、R・プーレの呪われた家にまつわる短篇集「もう一度多く」、J・ド・ボシェールの「暗闇の悪魔」と短篇集「雪と夜の物語」、画家でもあるAlbert Dasnoyの幻想作「時の長さ」、劇作家Claude Spaakの異常な短篇を収めた「鏡の国」、André-Marcel Adamekのマジックリアリズム的で農村が舞台の「黒い庭の主」、Irène HamoirのH・ジェイムズを思わせる作風の短篇集「地獄の桶」、J・ステルンベルクの幽霊も死者も出てこない短篇集「不可能な幾何学」「恐怖の幾何学」「凍った物語」「あなたのせいで死ぬ物語」など、G・プレヴォの死の直前に書かれた長篇「落下点」、Jean Munoのベルギー文学の最高作「ブラバントの英雄の最低話」と枠物語の技法で人物が喜劇のように入れ替わり最後に背筋がぞーとなる長篇「サイコドラマ」。詩人としては、現実と夢を同一化する「夢を点す人」のRobert Guiette、ネルヴァルを思わせる「太陽の影響」のFernand Dumont、「亡き画家エミール」のÉric de Haulevilleらがいる。

現代の幻想小説(第Ⅹ章)では、Claude Louis-Combetの長篇「町の中心への旅」、N・ドゥヴォーの抑制が効いて創意に満ちた「空虚」、Patrick Ravignant長篇「幽霊の皮」、今日最高の幻視者と評されたMarianne Andrauの「義手」「驚きの光」、女流作家Yvonne Escoulaの追想に満ちたドイツ・ロマン派的な世界、F・トリスタンの千夜一夜風の味わいがある「無名の男のまじめで滑稽な物語」、G・O・シャトレイノーの「果樹園」、H・アダの「鏡の夢」「ミラビリア」など。

SF、思弁小説との境界線上にある作品としては(第Ⅺ章)、Jean-Pierre Andrevonの「夜から来る者」「死を待ち望む少年」、Daniel Waltherのカフカボルヘス的世界を描いた「蠍の夢」「顎と歯」、Serge Brussoloの「墓地」「骸骨博士」「毒の夜」「氷原通り」「幽霊を夢で見る人」など。


 探求書がどっさり増えて嬉しいのか悲しいのか。