:ルイ・カザミヤン『象徴主義と英詩』


ルイ・カザミヤン岡本昌夫/竹園了元訳『象徴主義と英詩』(松柏社 1965年)


 デ・ラ・メアの「耳を澄ますものたち」が象徴主義的な作品として取り上げられているのを見つけ、他の所も面白そうなので読んでみました。著者はフランス人で、ソルボンヌの英文学の教授だった人。

 著者のスタンスは第一章「象徴主義と詩」に分かりやすく圧縮して述べられています。大ざっぱに言うと、象徴主義を詩の創作技法のひとつとしてとらえて、象徴主義の広義の概念を考え、その視点から英国詩の歴史を再構成しようとしています。これは、E・ドールスがバロックの概念を敷衍して絵画史全体を考察したのと似ている気がします。

 私なりに理解したところでは、著者の詩に対する考え方は、純粋詩の概念に近いもののようです。詩は何かを証明したり陳述したりするものでなく、人を魔法にかけ魅惑するものだと言い、遊びや歌のようなものであって、報酬を目的としない純粋な真情の吐露、祈りであると言います。そして他の人々の心に類似の直感を引き起こすために的確な表現を創造することが詩人の力量であると主張しています。

 そして19世紀末の象徴主義運動は、もはや一地方一時代の事件ではなく、詩の実際の性質をいまだかつてないほどの正確さで実現しようと試みたものであるとし、象徴主義を言い換えた表現として、「暗示主義(suggestionisme)」、「印象主義」、「純粋詩(poésie pure)」、「婉曲詩(poésie oblique)」、「ほのめかし(insinuation)」などを列挙し、象徴主義を広義の概念でとらえるなら、それは詩の概念と同一のものになるとまで言っています。

 具体的に象徴主義の作風がどんなものかは、はっきり書かれていないところがありますが、第三章以降で取りあげられた作品の説明からすると、暗示的な言葉遣い、自然への素朴な感情が宗教的神秘的な瞑想や超自然の感動につながっているもの、異国趣味や時空の隔たりなどで想像的幻覚が溢れているもの、漠然としてそこはかとない心象を追求したもの、現実を隠す不安定な輪郭や故意なる言い落とし、幾つかの現実の要素を思いがけなく近づけることによってある心象を作り出しているもの、集団的記憶に沈澱している心象を眠りから引き出し不安と魔力的な豊かさとを持たらしているもの、キリスト教的な神性が顕われているもの、あるいは霊感が感じられるもの、といったところでしょうか。でもこれではよく分らないので、もう少し創作技法について詳しく具体的に書いてほしかったという気がします。


 第二章「イギリス象徴主義の根源」では、なぜイギリスかというところが述べられ、イギリス、フランス、ドイツのそれぞれの国民性の違いや、イギリスとフランスの影響関係などに言及がありました。著者によれば、イギリス人の気質には現実的で事物を征服しようという傾向がある一方、心象や心情の世界にも没入するところがあり、自然に対する愛情や、動植物の生活と接触したいという要求は、フランスよりも強い。逆にフランスでは、物事を明確にしたいというきびしい意欲があり、これは確定的でないゆとりというものが必要な詩にとっては致命的なことと言います。ドイツも国民的に、おぼろげな輪郭、はっきりせぬ光を愛好するローマン的性格を持っていると評価しますが、個人的な霊感があるイギリスの詩人のほうに軍配をあげています。フランスとイギリスの知性の比較では、一見イギリスを褒めているようにも見えますが、根底には少し遅れた国というような馬鹿にしたニュアンスが感じられなくもありません。

 さらにイギリス人が隠し持っている戦慄の探求、恐怖への崇拝は、詩的暗示の魂ともいうべき神秘を感じる能力と同じ感性の領域にあると指摘しています。ボードレールがポー(幼少期ロンドンで育った)に多大な影響を受け、ヴェルレーヌマラルメも英詩の伝統が潜在意識に染み込むほどだったことも書いていて、フランス象徴主義の淵源がイギリスにあったことをそれとなく仄めかしています。


 第三章以降は、年代を追って、具体的な詩人の作品を取りあげ鑑賞していますが、詩が原詩とともに豊富に引用されているところが魅力です。それで象徴主義詩人として次のような詩人が登場します。
18世紀では、ウィンチルシー夫人、ジェームス・トムソン、ウィリヤム・コリンズ、トマス・グレー、ブレーク。
ロマン主義時代では、コールリッジ、ワーズワースキーツシェリー。
ヴィクトリア時代では、テニソン、ロバート・ブラウニング、エリザベス・バレット・ブラウニング、オマール・カイヤームのフィッツジェラルド訳、シドニ・ドベル、ジョージ・メレディス、クリスティナ・ロゼッティ、ジェイムズ・トムソン、ダンテ・ゲイブリエル・ロゼッティ。
新ローマン主義では、スウィンバーン、オーショーネシー、フランシス・トムソン、イエーツ。
現代詩では、ジョン・メースフィールド、ウォルター・ド・ラ・メア、T・S・エリオット、C・デイ・ルイス。


 フランスの象徴主義にも少し触れていますが、同じような拡大解釈がなされていて、後期のユゴー、ラマルティーニ、ヴィニーも象徴主義的作品を書いていることになっています。

 新しく知り気に入った作品としては、ウィンチルシー夫人の「夜の夢」、ウィリヤム・コリンズ「夕暮の賦」、ワーズワース「序詩」、シェリー「プロミシュース解縛」、キーツ「憂愁によせる賦」、テニソンの「国王の牧歌」と「王女」、ロバート・ブラウニング「チャイルド・ロランが暗い塔に来た」、ジョン・メースフィールド「ドーバー」。


 読後いちばん心に残ったことは、象徴主義神秘主義の近さを感じたことです。