:デ・ラ・メアの詩三冊

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ウォールター・デラメア村松眞一訳『耳を澄ますものたち他』(沖積舎 2012年)
ウォルター・デ・ラ・メアまさき・るりこ訳『孔雀のパイ』(瑞雲舎 2011年)
W.デ・ラ・メア荒俣宏訳『妖精詩集』(ちくま文庫 1988年)


 読んだ順番。すべて2回ずつ読みました。詩によっては5回も6回も読んだものもあります。詩を読むときいつも感じることですが、何度も繰り返し読んでいくうちに、味わいが増してくるので、2回目に読んだときの方が気に入った詩が多くなりました。

 いずれもすばらしい詩集ですが、詩集としてのまとまりを考えると、『孔雀のパイ』(82作品)がもっとも完成度が高い感じがします。冒頭のナンセンス風短詩の連続に衝撃を受けて一気に引き込まれてしまいました。エドワード・アーディゾーニの可愛らしい挿絵がまた詩の情調を盛りあげるのに力を発揮しているようです。原文を参照したわけでもないのではっきりとは言えませんが、訳文もこなれているように思え、いちばん個性がありました。冒頭近くの詩「つかれたティム」のページをスキャンしておきます。

 
 『妖精詩集』(61作品)は、私の確認した限りでは15作品が『孔雀のパイ』と重複しています。これもドロシー・P・ラスロップのやや頽廃的な匂いのする装飾的な挿絵が魅力的で、阿見政志氏のあとがきによると、当初は「挿絵入り妖精文庫」というシリーズで刊行される予定だったとのこと。文庫本なのが残念。訳文も軽快で可愛らしく、TVで見るとむさくるしいおじさん荒俣宏の若き日の意外な一面が発見できました。

 『耳を澄ますものたち他』(51作品)には大人向けの厳粛な詩もありますが、『孔雀のパイ』『妖精詩集』と同様の子ども心にあふれた楽しい詩もたくさん含まれていました。訳し方で少し気になったのは、原詩に忠実に行分けしているのか、日本の詩としては不自然な行分けがあったり、詩節の音がしっくりこないところがいくつかあったことです。
 

 この3つの詩集を通して、いくつか似たようなタイプの詩があったので、覚えている範囲で書きだしてみます。
 ひとつは、私がいまいちばん関心のある象徴詩的な余韻を感じさせるもの。「耳を澄ますものたち」「時はうつろう」「冬の黄昏」(『耳を澄ますものたち他』)、「だれか」「小さな緑の果樹園」(『孔雀のパイ』『妖精詩集』)、「古い家」「鍵穴で」「古い石の家」(『孔雀のパイ』)、「見おわらなかった夢」「埋もれた花園」「声」(『妖精詩集』)。はっきりとは姿を見せない何かの気配が感じられて、デ・ラ・メア特有の幻想的な余情にあふれた作品になっています。

 もうひとつは、やはり幻想的な雰囲気を醸し出すロマン主義的な背景や人物が出てくるもの。夜、墓地、城館、廃塔、亡霊、妖精、中世風騎士など。作品名はたくさんありすぎるので省略します。

 無邪気な子どもの心を活写したり、逆に老いをテーマにしたものなど、リアリズムの世界と言えましょうか。作品:「老ベン」「老スーザン」(『耳を澄ますものたち他』)、「がまんできない」「べんきょうぎらい」「つまらない」「戸棚」(『孔雀のパイ』)、「魔法にかかって」(『妖精詩集』)

 ライト・ヴァ―ス的な作品。「ヨーホー」とか「おーい、あ、ほーい」などの呼び声や「パチパチ」「ばたばた」「ぴょんぴょん」など擬音が出てきて楽しい。指をパチパチ鳴らしながら三人で踊りまわる「地面を離れて」(『妖精詩集』、『孔雀のパイ』では「踊り負かそう」)のように、軽快でスピード感あふれる詩もあります。

 それと近いですが、ナンセンス詩の味わいのあるもの。「ああ、なんと!」「狩人」「ジム・ジェイ」「ティー嬢」「くつをなくす」「気のふれた王子の歌」(『孔雀パイ』)。「はくしょん!」(『妖精詩集』)

 こうしてみると、デ・ラ・メアはいろんな手法を柔軟に駆使していることが分かります。このあたりがデ・ラ・メアの才能であると同時に、魅力だという気がします。

 
 それぞれの詩集で気に入った詩を列挙しますと、
『耳を澄ますものたち他』では、
朝の鍵:二本の鍵を持った死神は幻影か。が妙にリアルなのは小さいほうの鍵を振っていたこと。
冬:冬の日の太陽と月の寒々しい風景。
疲れたキューピッド:夜、靄の中、草むらに座りこむキューピッドの姿がある。
バラの花が涸れても:リルケ風味わい。
眠り:「闇から光へと/回転している、忘れられた地球」という鮮明なフレーズあり。
見かけぬもの:イチイと石像のある墓地の風景。
魔女:魔女が袋からこぼした呪文で墓の下から亡者が蘇る。
山脈:私の亡霊が見る雪を抱いた山々の風光が描かれる。
ジェニーラ女王:女王の見る夢に嫉妬して去っていく鳥たち。夢と現実が呼応する。
〈無可有〉:海原近くの宮殿で狂王独り呟く。人民は眠る海の中。
闇の城館(シャトー):夢の中の闇の城館の下には黄泉の川が流れている。
耳を澄ますものたち:「誰かそこにいないのか」。身じろぎもせず耳を澄ますものたちの気配。
時はうつろう:廃塔のうえに人影が。
冬の黄昏:二人の子にお伽話をしていたのに聞いていたのは三人。


『孔雀のパイ』では、
馬でゆく人:月光に照らされた騎士。兜の銀、馬の白、夜の静けさが響き合う。
ああ、なんと!:鍋の中から魚が嘆く。
つかれたティム:疲れた感がどっと溢れている。
狩人:階段をどかどか三頭の馬が駆け上ったり下りたりする。
だれか:誰かが戸をノックしたが、誰もいない。
タツムリじいさん:カタツムリじいさんとナメクジの会話、それをミミズのばあさんも聞く。
ちいさいことり:最後の一行で意表を衝かれる。
ケーキとブドウ酒:がらんとした部屋でひとり黙々と食べる王さまの独り言。
ジム・ジェイ:足を絡めたままこわばってしまった少年。
ティー嬢:食べた瞬間に食べた物は食べた人になる。ナンセンスだが正しい。
戸棚:こどもの喜びが軽快なリズムで歌われている。
窓:誰にも気づかれない存在のさびしさ。
四重唱:デ・ラ・メアが合唱団にいた時の経験。客とともに感動を分かち合う姿。
ベリー摘み:ベリーの穴場を教えてくれた妖精へばあさんが謝礼をする。
コマドリ城の夜盗:鳥の巣の雛泥棒なんだが、想像力でここまで華麗な物語となる。
小さな緑の果樹園:木かげに誰かがだまって座ってわたしを待っている。
古びたちいさなキューピッド:廃園に立つキューピッドの像がわたしを弓で狙っている。
古い家:入ったものはいるが出てきたものはひとりもいない古い家。短篇「謎」と同じ趣向。
ニコラス・ナイ:びっこの年老いて痩せた驢馬の寂しい姿。
鍵穴で:足音がして鍵穴から誰かの目が覗く。
古い石の家:廃屋の窓の鎧戸の陰から澄みきった目が私を見つめている。
銀:月の銀の光ですべてのものが銀色になる。物と一体となった銀色の微細な風合いが魅力。
夢の歌:ここにもいろんな種類の光の味わいがある。
気のふれた王子の歌:誰が言ったと詰問し、私の言ったことと自答するおかしさ。吉本のノリか。
終わりの歌:冒頭の詩と呼応して、骸骨の騎士が終わりを告げる。


『妖精詩集』では、
はくしょん!:軽快。
分身:自分の分身が妖精の子となって現れ消える。
見おわらなかった夢:魂が旅をする。廃屋にたどり着くと召使が鐘を鳴らした。謎めいた一篇。
つのぶえ:静かな森にひびく様々な音が華やかに展開する。
三人の物乞い:大切な残飯を妖精に与えた乞食が絢爛豪華な食事で恩返しされる。
冬の妖精:凍りついた夜に雪の妖精の心臓から霊血が流れ飛び立つという鮮烈なイメージ。
サムの三つの願い、あるいは生の小さな回転木馬:「三つの願い」譚。物語の最後が最初につながる。
沈んだライオネス:海に沈んだ都市の宮殿。水の精たちが吟遊詩を歌う。
魔法にかかって:魔の女性に誘われ、魔性の子になって母親のもとに帰る。子どもの成長を描く。
魔法の丘:昼から夜、夜から朝へと変貌する丘を天空の眺望のもとに描く。
地面を離れて:指をパチパチ鳴らしながら三人で踊りまわり、ひとりは海の底まで達する。
小人:小人を見て笑ってはいけませんと言われると、よけいにおかしくなってしまう女の子。
ルーシーが散歩に出ると:三羽のカラスに触発された魔女の幻影。数がどんどん変化するのが妙味。
魔につかれて:幽霊屋敷の夜への変化を歌う。
埋もれた花園:夢でしか見れない、亡霊が彷徨う薬草の咲く異界。そこに立つ若者は彫像か。
夢の世界:まどろみに入る流れを、布でくるんだ鐘、砂男、眠り舟などで描く。
老いた王さま:老いた王を夢から目覚めさせたものは、死だった。
声:暗い川べりの向こうから呼びかけるのはだあれ?