:杉捷夫『フランスだより その他』


杉捷夫『フランスだより その他』(東京学風書院 1959年)

                                   
 『世界紀行文學全集 フランス』を読んで面白かった人の著書を続けて読んでいます。がこの本は少々失望してしまいました。というのは、文学者の割に、政治や社会の動向についての関心が強すぎて、肝心の文学や芸術についての記述が少なかったからです。この本は、著者が1952年から1年間のパリ滞在時に新聞等に送った報告と、帰国後書いたエッセイをまとめたものですが、こういった時評的な文章は、時間が経過してしまうと、その当時の熱気のようなものも失われてしまっているのと、著者も周知の事がらについては事細かには説明をしていないので、背景の文脈が分からず、文章がすんなりと頭に入ってきません。

 でも、断片的には第二次世界大戦後当時のフランスの状況を知ることができて興味深いところもありました。共産主義に対する幻滅が広がりつつある雰囲気とか(p25)、ヒロシマに原爆が落とされたことで日本を戦争加害者というより被害者とする見方が出てきたこととか(p34)、フランスを救援してくれたものの美しい伝統都市を容赦なく破壊したアメリカ軍に対して、フランス人はあまりいい気持ちを抱いていないこと(p144)など。

 またエピソードとして面白かったのは、読売新聞の駐在員に連れられて日本人記者のいきつけのバーへ行って、小林秀雄今日出海に遭遇したり(p175)、大学都市の附属病院へ当時入院中の遠藤周作を見舞ったりしていること(p178)。また「S先生からの御依頼の本の写真撮影の件、はたすことができない(p177)」や「S先生より注文のマラルメの写真ようやくでき上がる(p179)」といった記述がありましたが、どうみてもS先生とは鈴木信太郎のことでしょう。