:CLAUDE FARRÈRE『Dix-sept Histoires de Marins』(クロード・ファレール『船乗りの物語17話』)


                                   
CLAUDE FARRÈRE『Dix-sept Histoires de Marins』(PAUL OLLENDORFF 1914年)

                                   
 何年か前、京都勧業館古本市の百円均一コーナーで買ったもの。ファレールを読むのは『L’autre côté...―CONTES INSOLITES(彼岸―奇譚集)』(2011年10月14日記事参照http://d.hatena.ne.jp/ikoma-san-jin/20111014/1318568838)、『Histoires de très loin ou d’assez près(とても遠い話とても近い話)』(2012年4月9日記事参照http://d.hatena.ne.jp/ikoma-san-jin/20120409/1333921352)、『Fumée d’Opium(阿片の煙)』(2013年2月23日記事参照http://d.hatena.ne.jp/ikoma-san-jin/20130223/1361588382)以来4冊目。前回速読したMargerit『Mont-Dragon』に比べて難しかったが、その理由は、船まわりの海事専門用語が頻出したのと、見慣れない言い回しが多かったり、一人称の長い話体など特殊な文章ががあったりしたためか。

 序文でファレールが、この短篇集は雑多な取り合わせに見えるが、船乗りを描いているという点で共通していると前置きし、船乗りに対する思いを滔々と弁じています。船乗りたちは、年齢や生まれ、皮膚の色が違っても、世界のどこでも、同じ習慣、掟、偏見、迷信、信仰の中に生きている、20世紀の新しい文明世界にとり残された古い生き方をする彼らに寛容であってほしい、と。この短篇集は、おそらくファレールが実際に出会った船乗りの思い出をもとにしているのでしょう。船に起こるさまざまの出来事に対処する船乗りの生き方に焦点を当て、それぞれ違った面から船乗りの姿を描いています。
 
 大きく分けると、船乗りと陸の女性との恋愛にまつわる話、船と嵐との戦いがテーマになった話、海賊や密輸船との戦いを取り上げたもの、砲撃訓練での事故とそれに対処する海軍魂を謳ったもの、船上生活のちょっとした断片を描いた話などがあります。文体からいえば、三人称で綴られたものもありますが、述懐の形で一人称で語られる作品の方が多い。手紙や報告文などで全篇を通しているものもありました。風味からいえばファレールらしい幻想的な味わいのある作品もいくつかありました。

 ファレールは、魂のこもった熱のある文章でそれらを描いています。とくに自らを投げ打って勇敢に行動する海軍魂を語る時の歌い上げる調子はなかなかのもので、涙を禁じ得ませんでした。


                                   
 概要を簡単にご紹介します(ネタバレ注意)。
○La double méprise de Loreley Loredana(ロルリ・ロルダナの二つの錯誤)
船乗りと友だちの女優。女優は、その船乗りの船が嵐で難破したと思い込み、急に思いが募り狂乱したようになって岩場を探し回り恋文を何通も書く。が無事を知った途端に憑き物が落ちたように熱が覚めてしまう。女性の微妙な心理を描いている。


○Idylle en masques(仮面をかぶった恋愛田園詩)
船乗りが出した新聞の花嫁募集をきっかけに文通の始まった女性からの何通かの手紙。「実際にファレールの友人あてに来た手紙」という注記が最後に付いた、巧みに偽装された書簡文学。船乗りの誠実さに対し疑心暗鬼に揺れ動く若い女性の心情が吐露されていて、最後はすれ違いの悲劇で終る。


La capitane(船長)
海賊船退治を命じられた船長の報告文。猛烈果敢で降伏しない敵との激戦の末、多くの死者負傷者を出しながら敵船に乗込み船長室に入ったところ、意外にも船長は若くて美しい女性だった。女船長は吊るし首の刑を受ける前に部下二人とのキスの許可を求めるのだった。


Perdu corps et biens(船体も積荷も失って)
一船員が息子に語りかける一人称の長い話体の物語。武器密輸船を捕まえる使命を負った船に、ある船から武器密輸船の情報がもたらされるが、ストレートに捕まえられない事情の船だった。情報提供の船が事故と見せかけて武器密輸船と衝突、密輸船は武器を海に放出して沈んで行く。


○L’invraisemblable ratière(あり得ないネズミ捕り)
船長が密輸船への砲撃の合間に語る昔話。船に鼠が大量に繁殖したので、鼠を捕まえたらワインを倍飲ませるという約束をしたら、6週間の間毎日36匹捕った名人がいた。そのやり方が38年後ようやく明かされた。それは深夜暗闇の中で自らの裸身にラードを塗って鼠をおびき寄せるという恐ろしいものだった。


◎108, Le Duc, ambassadeur(ルデュックのお使い)
士官の命令で、ある婦人への手紙を託された若い水夫。指示された家に向うと豪華なトルコ館で妖艶な婦人からポルト酒の饗応を受ける。素朴な水夫が味わう時空を超えた桃源郷のような世界が蠱惑的。


○La crapule(ならず者)
命令を聞かず懲罰室に何度も入れられ、それでも懲りずに艦長に向っても昂然と反抗する水兵。中尉は艦長が軍法会議にかけるというのを押しとどめる。そんななか砲撃訓練で爆発が起こり、あわや艦が吹っ飛ぶという時、弾薬を海に捨てろという命令に答えたのはその水兵だけだった。指を吹き飛ばされていたのに、燃える弾薬を抱えて海に走る姿。最後は涙なしには読めなかった。


La baleinière deux(小型艇)
士官が女性と会うために部下に命じ小型艇を使って着岸することになったが、天候が悪く海嘯が立ちはだかっていた。行きは何とか乗り越え士官を上陸させることができたが、帰りも帆を張ったまま帰ろうとしたため、小型艇は一時難破し乗員全員が海に投げ出されるはめに。それでも怪我を負いながらほうほうの体で母船に辿りついた水兵たちは異常なしと報告するのだった。


La royale charité(艦長からの恩)
気持ちの不確かな恋人に早く会いたい一心の船乗りが、半日嵐を避けて錨泊する命令を受け悲しむ。その様子を見た艦長が若い頃を思い出し、嵐の中船を進ませる決断をする。


◎L’amoureuse transie(冷たい恋人)
最後まで読んでから、堀口大學譯『仏蘭西短篇集 詩人のナプキン』で読んだことがあると、ようやくわかった。マルチニック島に滞在中の老船乗りが、若い訓練生に、この島は夜這いの習慣があると言い、知り合いの娘の寝室へ導く。ところがベッドに入るや若者は血相を変えて逃げだした。その娘は死んでいて通夜のしきたりで安置されていたのだった。


Histoire de mannequin(モデルの物語)
ふと道で出会ったモデルの若い女性と、仲よく食事をするだけという約束で、食事に行き一緒に芝居を見る。家まで送って行くと、女性の方から誘われるが、金を払って女性を遠ざけたという嘘か真かの自慢話。


Naissance de vaisseau(進水式
新しい戦艦パリ号の進水式に臨んで、士官が、今は見る影もないがかつては世界第2位の地位を占めていた仏海軍に思いを馳せながら、昔パリ市号という戦艦が英海軍と戦って負け露海軍には勝った二度の海戦について語り、この船もパリ市号にすべきだと述懐する。


◎L’ex-voto de l’Acropole(アクロポリスへの奉納物)
狂気を感じさせる海辺の乞食が、かつて恋人と共通の友人と三人でアクロポリスに行った時に体験した奇妙なできごとを語る。願い事がかなうという女性の彫像の右手に友人が数珠を置いたために恋人を友人に奪われるという悲劇が起こる。彫像の胸が呼吸とともに上下するという描写は迫真的。メリメの「イールのヴィーナス」やイェンゼン「グラディヴァ」を思わせる好篇。


La tourelle(砲塔)
隣り合った戦艦がぶつかりそうになるが何とか回避できた。訓練でも過失で沈没しそうになることがある砲撃訓練の生々しい様子が描かれ、生い立ちも考え方も違う13人の船員たちが、小さな砲塔のなかでは一つの生き物のように動くさまを活写している。


Dix secondes(10秒)
中近東の島にドイツ人の外交官が武器の密輸をした現場を押さえたフランス人士官、ドイツ人は島の群衆相手にこれは君たちを解放するための武器だとアジる。フランス士官はそれにひるまず10秒数える間に黙らなかったら殺すと迫る。殺せば両国の戦争に発展することを覚悟しながら。10秒を数えることで緊迫のドラマが生れている。


Fontenoy(フォントノワ号)
戦艦が爆発した。隣の戦艦から二人の士官が応援に来る。元に戻れと命じて二人はボートに戻ろうとした。下士官が上官に先に譲った時、最後の爆発が起こって下士官は吹き飛ぶ。ファレールはそこにフランス魂がまだ残っていたと書き記す。


○COMMENT ILS MEURENT(彼らはどのように死ぬか)
ファレールの仏海軍に寄せる思いと、フランス軍人魂の称揚が全開した作品。若い士官が砲撃訓練の爆発事故で瀕死の重傷を負いながら、部下を責めず名誉も固辞し、恋人には安心させようと嘘をつきながら死んで行く姿を描いている。お涙ちょうだいと分かっていても涙が止まらなかった。

 ちと長すぎました。