:フランスの民話伝説の本二冊

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植田祐次訳編『フランス幻想民話集』(現代教養文庫 1983年)
ジョルジュ・サンド篠田知和基訳『フランス田園伝説集』(岩波文庫 1988年)

                                   
 引き続きフランス民話の本を二冊読みました。『フランス幻想民話集』は、19世紀末にポール・セビヨが中心となって編纂した『民間伝承文学世界国尽くし』という叢書からの編訳、『フランス田園伝説集』は19世紀中頃ジョルジュ・サンドが地元ベリー地方の聞き書きをまとめたものです。

 両者に共通するのは怪奇な話が盛り沢山ということですが、語り方のテイストはかなり違っています。『フランス幻想民話集』は悪く言えばストレートで品がなく、グロテスクで残酷な話が多い。それだけ民衆のファンタスムが凝縮されているという印象があります。リズミカルで口承性に富んだものがいくつかありました。また爆薬や銃が出てくることから新しい話が多いような気もします。

 一方の『フランス田園伝説集』はさすがサンドの筆になるだけあって、文章が整っていて高貴な香りが漂っています。地域の自然や生活を紹介しながら巧みに聞き書きを引用し、全体で渾然とした一つのエッセイとなっていて味わい深い。逆に言うと口承性が希薄になっているのがマイナスでしょうか。サンドは地主の娘のようで、自分の小作人の話を紹介しています。がどこかに合理性を信じている節が見え、「ときには月がふたつ現われるのが、幻の狩の通過のしるしになる。しかし私はついていないのだろう。だれでも知っている古い月しか見たことがないからだ」(p164)というように、農民の迷信を馬鹿にしたようなところが感じられます。


 面白かった話を取り上げますと、
 『フランス幻想民話集』では、故郷に戻っても誰ひとり知る者がいないという浦島物語を思わせる「死なねばならぬ」「水晶の城」の2篇と、予言から逃れようとしても結局実現してしまう「生首に変ったパン」が傑出。ほか魔法で次々に変身する「ナイチンゲールを恋した娘」、石ころだと思って結婚式に招待するよと言って蹴飛ばしたら生首でとんだ祝宴になってしまう「生首」、荒野に灯る魂が印象的な「フージュレの医者」、木の実が落ちると次々に騎士になる「十字架の護符」、死者たちの苦しみを描いた「真夜中の葬列」、辱めを受けた死者の復讐譚「シャントルーの鐘つき」など。

 『フランス田園伝説集』では、石ころが目を開けてこちらを見るという奇妙な味わいの「馬鹿石、泥石」、音楽の魔が怪奇を盛り立てる「狼使い」が傑出。ほか「一人、二人、口なし、目なし、/三人、四人、叩いてやろか、/五人、六人、尻軽娘、/最後が、七人、八人目はなしよ」という古謡が引用されている「霧女」、嬰児殺しの母親の亡霊が正体の「夜の洗濯女」、頭のよくない悪戯好きの妖精が出てくる「エプ=ネルの小鬼」、出るならまとめて出てくれと司祭が幽霊に懇願する「森の妖火」、本体は見えず影だけなのが怖い「リュバンとリュパン」など。


 『フランス田園伝説集』には印象深い一節がたくさんありました。いくつか引用します。

泣き叫ぶ無数の死者の亡霊を狩りたててゆく悪霊の忌まわしき姿が、民衆の想像の中に現われないようなところがこの地上にはたしてあるだろうか?(民衆の想像とはすなわち、消えかかったり、あるいは変質したりした共同の思い出に他ならぬ)/p6

→これはユングの先触れではありませんか。

鐘塔ひとつごとに、いや一族ごとに、家一軒ごとに固有の伝承がある。この多様性こそが口承文芸の本質なのだ。田園の詩は素朴な音楽と同じく、人の数だけ演奏家を持っている。/p7

→ここでも民話の語りを音楽の比喩で語っています。

白い足・・・踵より上はどんなに見ようとしても見えない。脚も胴体も頭もない。足だけなのだ。その足のどこがどう怖いかと言われても言いようがない。/p41

→日本の幽霊の逆なのが面白い。

始末に困るのは「背中にとびのる」奴だ。・・・ばあいによると呼びとめた相手とそっくり同じ人間の姿になることもある。そうやって自分の分身と顔をつきあわせるのは恐ろしい。相手はどんなに逆らっても背中にとびのってくる。・・・この手の幽霊の中で一番始末に困るのは白い猟犬である。はじめはごく小さく見える。でもだんだん大きくなってきて、あとをつけてくる。やがて馬ぐらいの背丈になって背中にとびついてくる。/p182

→白というのが西洋では恐怖の色のひとつのようです。


 『フランス田園伝説集』には、サンドの息子のモーリス・サンド(sand)の挿絵が12点ほどついています。彼は民話の採集もしているようです。『迷路』を書いた20世紀のモーリス・サンド(sandoz)とは別人です。この挿絵はなかなか雰囲気があって、画質がぼやけているだけに余計に怖い。
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