:『フランス民話の世界』


                                   
樋口淳/樋口仁枝編訳『フランス民話の世界』(白水社 1989年)

                                   
 ラテン世界の民間説話の次は、フランス民話とだんだん領域が狭くなってきました。この本は、フランスの各地方の民話を採集した数十冊の本から代表的な50作品を抜粋し、それを民話学者アアルネとトンプソンの分類に従って、動物民話、魔法民話、宗教民話およびノヴェラ、笑話と形式譚の4つに分けて、翻訳紹介しています。


 それぞれの話のあとに、可愛らしい解説がついているのが親切。例えばこんな具合です。
「ペローは、『赤ずきん』というかわいい呼び名の女の子を生み出すと同時に、聞き手であったヴェルサイユの貴婦人たちの好みに合わないカニバリスムのテーマを削除してしまったのでしょう」(p101)。
「灰かぶり・・・このエピソードを思春期の少女のもつかたくなさと美しい女性への変身の物語として分析的に読むと、少し理解がすすむような気がします」(p140)。


 四つの分類の中では、魔法昔話が語りの長さもあり物語がいろいろと展開して断然面白い。全部で50篇のうち◎(とても面白い)が8篇、○(面白い)が26篇でしたが、そのうち魔法昔話が◎6篇、○18篇という多さでした。


 ◎のお話の魅力的なところを紹介しますと、
「熊のジャン」は、①熊と人間の間に生まれた怪力の主人公と、ほら話風の常人離れした脇役が登場するところ、②無人のお城に入って行くと、ちょうど人数分の食事とベッドが用意されているという不思議さ、③井戸の底に降りてから別世界の冒険が始まるところ、④怪鳥にやる餌がなくなると主人公が自分の足を切って与えるという豪胆さ(目的意識の強さ)など。

「魚の女王」では、①バラの花が落ちて兄弟の苦境を知らせるという符牒の神秘と、②7つの頭を持つ獣と三匹の犬の戦いの7と3の数が合わないところ。

「ちいさなカラス」では、妖精の予言で、①何種類かの変わった物をそれぞれ7つずつ用意するように言われるが、それにぴったりと当てはまる状況が次々と起こって順調に解決できるところと、②並み居る男たちの中でいちばんみすぼらしい男を聟に選んだらそれが王子さまだったという逆転劇。

「酢のビンの中の夫婦」は、①酢のビンの中で暮らしている夫婦という奇抜な前提、②何でも望みが叶えられる呪文を知り、大きな家に住むようになるが、貴族になり、王様になりと欲望をどんどんエスカレートさせたあげくにまた酢のビンの中に舞い戻る惨めな結末。

「そら豆」は、①金貨をひり出すロバを普通のロバにすり替えられ、嫁の前で金貨をひり出させようとしたら糞が出て嫁に馬鹿にされるところと、②ロバをすり替えた宿屋に対して頓智で復讐をするところ。

「三つの贈り物」は集中最高傑作。継母に意地悪をされているいたずらっ子が、願いごとで得た三つの呪いを使って、①いたずらっ子が一目継母を見ると継母がおならをしてうんこをもらしてしまうという滑稽な仕返しをし、②いたずらっ子がピストルを撃つと、皆弾の後を追って駆け出し、クラリネットを吹くと、全員躍り出し、最後はドタバタ騒ぎで幕となるところ。

「七人のオーヴェルニュ人」は、底なしの馬鹿の七人兄弟が次々に滑稽な失敗を重ねるのが描かれているところですが、世界の民話には「愚か村」といって馬鹿話の対象になる村があるようです。

「こぶた」は、話の内容よりも語りの形式に重点の置かれた形式譚で、こぶたを家に連れ帰ろうとして、子犬、棒、火、小川、牝牛、肉屋とつぎつぎ話しが順送りになり、最後に死刑執行人のところで折り返してまた順番に一つずつ逆戻りし、最後にこぶたを家に連れ帰るというだけのストーリー。説明が難しくて何のことか意味不明だと思いますが、一度読んでいただけると面白さが分かると思います。


 民話の面白さは、奇態で破滅的破壊的な想像力が跋扈しているところでしょうか。普通の小説ではあり得ない飛躍や奇想が出てきます。

 この本は、フランス中世風の版画がところどころ挿入されているところに味があります。いくつかアップしておきます。
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 いま『フランス幻想民話集』というのを読んでいるところですが、それと比べるとこの本はずいぶん上品で洗練されたという印象があります。詳しくは次回に。