:Patrick Modiano/Sempé『Catherine Certitude』(パトリック・モディアーノ/サンペ『カトリーヌ・セルティチュード』)


Patrick Modiano/Sempé(挿絵)『Catherine Certitude』(Gallimard 2012年)


 久しぶりにModianoを読みました。実は、フランス語も本を読んでいるだけで、会話も作文もまったくできないので、少しはバランスも必要だと、フランス語のレッスンを受けています。先日、Modianoがノーベル賞を取ったときに、先生にModianoの本を何冊か読んだ話をしたら、先生がこの本も面白いよと貸してくれたのです。

 いつものModianoよりも話が単純ですし、文章もさらに易しく、子ども向きに書かれた風を装っていますが、これはむしろ老人が読むのにふさわしい。最近、回想譚や、物語の中で回想するシーンがあると、ほろりとなってしまいますが、この本もそうした本のひとつです。


 ニューヨークで娘と一緒にバレエ教室を開いている女性が、幼い頃パリで父と二人で暮らした時期の思い出を綴っています。ちょっとしたエピソードを積み重ねながら、徐々に過去のある人生を浮びあがらせていく語り口の巧みさはいつものModianoの小説と同じです。

 主人公Catherineがまだ小さい時の話で、バレエダンサーだった母が故郷のアメリカへ戻り、父と二人でパリに残ることになります。父の働いている店舗兼事務所の上で父と一緒に住んでいますが、ある日、父はネクタイを結びながら窓の外を見て「お前と二人で生きよう。母さんには母さんの人生があるからな」と言います。

 物語はその父の職場の話題がひとつの軸。父の仕事の相棒は文学部出身でとても個性的で、文章の書き取りにうるさく、時々自分の詩を朗読したりする人です。その相棒と父とのやり取りが面白く描かれています。大雑把でのんびりした父の性格との対比が面白い。幼い主人公には父の仕事がどんな種類かはっきり分かりませんが、運送に関係したもののようで、父は思いつきで突拍子もない仕事を拾ってきたり、危ない橋もわたっているように見えます。相棒がいない時、父は店の秤の上で体重を計っていたりもします。  
 もう一つの話の軸は、主人公の学校やバレエ教室に関連したことで、学校には父が送り迎えしてくれ、バレエ教室にも父が付き添ってくれます。ロシア人の先生からレッスンを受けていますが、実はその先生は母の昔のバレエ仲間で、父もよく知っている人です。年月が経っているので先生は気づきません。バレエ教室で知り合ったお金持ちの友だちの家に、父と一緒にパーティに呼ばれたりもします。父はそのパーティで緊張して、本当はトラックに乗ってきたのにシトロエンに乗ってきたと嘘をつきます。

 最後に、母からニューヨークで一緒に生活しようという手紙が来て、3年間続いたその生活が終わりを告げます。

 終わりの方では泣けてきましたが、それはそれまで描かれてきた世界があまりにも生き生きとしているからで、その世界と別れる淋しさ、愛おしむ気持ちが胸に迫ったからでしょう。例えば、父と娘の交流がほのぼのと描かれていて、髭剃りのクリームを娘にもつけようと部屋中を追いかけ回す父と逃げ回る娘の姿は心に残ります。また妻と知り合うきっかけは、父が端役をしていて舞台でダンサーの妻を持ちあげた際つまずいて二人して倒れたことにありますが、モンマルトルの階段を同じように娘を持ち上げて降りて行く場面も印象的。モディアーノには実際に二人の娘がいるらしいので、その生活が反映しているのかもしれません。

 眼鏡が影の主役のように、いろんな場面に登場し、その都度表情を変えて描かれているのが面白いところです。

 Sempéの挿絵も場面に沿ってうまく描かれていて、例えば、最後のシーンでグリニッジビレッジの高層マンションの上の方の窓に父らしき人影を見つける場面で、本当に豆粒のように人が描かれていたり、伝票や招待状が実物のように描かれていたりしています。ただ一か所p50の挿絵が本文と違っているのに気がつきました。絵では眼鏡をつけてダンスをしていますが、文章では、眼鏡はダンスが終わってからかけたはずです。