:HUBERT HADDAD『Le Secret de l’immortalité』(ユベール・アダッド『不死の秘密』)

                                   
HUBERT HADDAD『Le Secret de l’immortalité』(MILLE ET UNE NUITS 2002年)
                                   
 今年3月に読んだ雑誌「Roman:Le Fantastique」(1985年)に収められていた「Le Secret de l’immortalité」が抜群に面白かったので、同名の表題の短編集を取り寄せ読んでみました。

 「Le train fantôme幽霊列車」の1篇以外はすべて彷徨譚。次元の異なる世界が入り混じったような場所を彷徨する不思議な物語ばかりです。アンティール諸島の別荘の地下室がパリの地下鉄につながるという空間的なずれであったり(Vaudouヴードゥー)、滞在したホテルがかつての戦争本部だったという時間のずれ(Une guerre d’usure神経戦)、あるいは旅先で幼い頃の自分の家に辿り着いてしまう時間空間のずれや(Esquisse pour une crucifixion磔刑の素描)、夢と現実が入り混じったり(Le jardiner et le faux nègre庭師と偽ゴーストライター)、鉄道という狭い世界の中に閉じこめられたり(L’homme des gares駅を渡り歩く男)、鏡の裏にある、現実と瓜二つの虚構の世界を覗いたりします(Le Concierge aveugle de la rue Tourrionトゥリオン通りのめくらのコンシェルジュ)。

 マルセル・ブリヨンと少しテイストが似ていて、舞台やホテルが効果的に使われています。ブリヨンにも共通していると思いますが、彷徨譚的な物語では、主人公が三人称で語られていても、どこか一人称小説のような雰囲気を帯びてくるのが不思議なところ。

 文章は韜晦が激しすぎて難しく、読後感がすっきりしません。説明や修辞が多くて、なかなか物語が進展しないのも読みにくい要因でしょうか。がよく考えてみますと、韜晦と言うよりは私の能力のせいの方が大きく、もう少し語学力があれば、難しさの部分も味わいとしてより深く物語を楽しめるのでしょう。文章が凝っていて難しい反面彩り豊かということになり、荒唐無稽な話もいきいきとしてくるわけです。

 なかでも、「L’homme des gares駅を渡り歩く男」は奇怪な想像力の産物。荒唐無稽な物語も語り口で何となくそういうものかと思わされてしまいました。鉄道アンソロジーには欠かせない一篇だと思います。また、最後の一篇「Le Concierge aveugle de la rue Tourrionトゥリオン通りのめくらのコンシェルジュ」も、狭い廊下を通って、古びた扉を開いたら巨大な工事現場のような所に出るというシーンは圧倒的迫力。



 各篇について、簡単にご紹介します(ネタバレ注意)。
○Vaudouヴードゥー
パリの喧騒に倦んだ大学教授が一年の休暇を取って、ヴードゥーの迷信に染まったアンティール諸島の別荘にやってくる。ところがその別荘ではときどき揺れが感じられた。揺れの原因を探ろうと地下室で見つけた井戸に降り教授が入りこんだのは、パリの地下鉄の坑内だった。


○Une guerre d’usure神経戦
悪夢の世界。孤児院の隣のうらぶれたホテルに泊まった主人公の部屋に夜少女がノックする。部屋を間違えたらしい。翌日その部屋に大佐が泊まるため別の部屋に追い出された主人公は、夜物音がするので大佐の部屋を盗み見ると、前夜の少女が大佐の前で裸で泣いていた。覗き見がばれホテル中の老人たちに取り囲まれたあげく地下の牢獄に閉じこめられる。かろうじて脱出するとそこは孤児院の庭で、先の少女と出会う。少女は、いま戦争中でホテルは指令本部なのと言って墓地の中に消えた。ホテルを見上げると、窓から一斉に銃弾が降り注いできた。ここはかつての戦場だったのだ。


○Le jardiner et le faux nègre庭師と偽ゴーストライター
夢がいくつも重複して出てくるが、最後に、そのうちのひとつの夢が現実だったことが分かる。俳優の自伝のゴーストライターを務める主人公は、事故で意識不明になった恋人を毎日病院に見舞っている。ある日友人の庭師の家を訪ねると、彼は自分で穴を掘ってその中で死んでいた。遺書の指図どおりに友人を埋め、外へ出ると友人が追いかけてきた。目の前の病院は劇場らしく、あの俳優の写真と最後の舞台!というポスターが貼ってあり、その劇場から恋人が出てくる。ところが、それは夢で、実はまだ友人の家の庭で寝ていたのだ。自宅に戻ってから、俳優とのインタヴューに出かける。途中で、また恋人の姿を見かけ、駆け寄ろうとしたところ車にはねられる。友人が傍らから覗きこんで、もう終わりだなと言う。それがまた夢で、実は自宅の階段で寝ていた。原稿を窓から棄て、また眠ると悪夢が始まった。助けを呼ぼうとしたが口から血が溢れるばかり。覗きこむ友人の顔が見えた。


Esquisse pour une crucifixion磔刑の素描
老いた母と目の見えなくなった父、それに植物人間となった双子の弟を持つ主人公。自宅のパーティから逃れ、地下室の画廊で絵に見入る。その後外へ出てバー、賭博場とハシゴをして、弟の居る館を訪れたあと、旅に出る。小舟で辿り着いたところは幼い頃の我が家だった。最後のシーンが魅力的。


◎Sarah(「Le Secret de l’immortalité」のタイトルで雑誌に収録されていた)
既読なので略。雑誌「Roman :Le Fantastique」についての3月31日記事参照。
http://d.hatena.ne.jp/ikoma-san-jin/20140331/1396266438


Le train fantôme幽霊列車
透視眼の素質を持った女性が義兄と夫の死を予言してしまう。幼い頃の夢遊病者のような病的な義兄、祭りで出会った女予言師、酒飲みの夫(女予言師の息子)、おしでつんぼの助手など、個性的な人物が続々と登場する。


◎L’homme des gares駅を渡り歩く男
バルセロナからパリへ向かう特急車内で倒れた女性を助け起こした時の金髪から漂ってきた匂いのせいで、リヨン、ミラノ、ウィーン、ハンブルグブリュッセルマドリード、果てはアジアの街まで、列車を乗り継ぎ、一生を鉄道の世界で暮らすようになった男の物語。


◎Le Concierge aveugle de la rue Tourrionトゥリオン通りのめくらのコンシェルジュ
照明係の主人公。恋人が監督と浮気をしたのに復讐しようと殺意を抱きながら、大酒を飲んだ。犬にナイフで襲いかかろうとしたら転倒してしまった。目の前に鏡があり自分の情けない姿が写っていた。そこはトゥリオン通りというところ。落ちたナイフを探したが見つからない。昔懐かしい薬店を見つけ、中に入ろうと建物のコンシェルジュと話しをするが埒があかない。強引に入って狭い廊下を渡り低い扉から入ると、足組やクレーンなどのある広大な空間だった。そこはあの鏡の裏側で、トゥリオン通りを再現した別次元の舞台があり、役者はすべて番号で呼ばれている。彼も自己紹介ででたらめの番号を言っていると、舞台上に呼び出されてしまった。あの犬も役者として出てきたので、再びナイフで襲いかかろうとしたら、また転倒した。だが今回は立ち上がろうとしてもできなかった。ナイフが自分の胸に刺さっていたのだ。