:林丈二『ロンドン歩けば・・・』

                                   
林丈二『ロンドン歩けば・・・』(東京書籍 2002年)
                                   
 気楽に読めそうな本を選んでみました。前回読んだ『英国パブ・サイン物語』との共通点は、町なかの事物を観察するという点。実際、この本でもいくつかのパブ・サインが紹介されていますが、その中で雑誌「パンチ」のキャラクターのパブ・サインや、塔をかついだ象の写真は『英国パブ・サイン物語』に出ていたのと同じでした。

 全体のテイストは江國滋の吟行シリーズと共通するものが感じられました。それは、海外旅行が不慣れだったり、英語ができなかったりで、失敗したことを正直に告白していて、読者と一緒に笑う姿勢があることです。正直というよりはどちらかというと大げさに書いているように思います。その点では露悪家。

 ここまで書いて、本を書く人には二種類の人間がいると思いあたりました。大半は自分を良く見せたいというタイプで、だからこそ勉強もするし調べもしてより良いものを書こうとするわけです。(それが悪いとか、好ましくないと言うつもりはありません)。それとは別に、愚かなありのままの自分をさらけ出すのをひとつの方法としている人たちがいます。前者は評論家・研究者に多いタイプ、後者には芸術家肌の人が多いような気がします。

 著者は、普通の観光名所には見向きもせず、一日2万歩3万歩とひたすら歩きまわって、町なかにあるマンホールの蓋、ベンチマーク(測量に使う水準点の印)、車止め、泥落とし(建物の入口で靴の泥をこそぐ鉄製の器具)などを一生懸命に観察しています。その熱意には脱帽します。他にも、英国式歩き方を研究して実践したり、100カ所でボートをこぐ誓いを立てたり、日本の古い絵葉書をロンドンで探したり、奇妙なことばかりに熱中しています。そして本人がとても面白がっていることが読み手にも伝染してくるのがこの本の魅力です。

 これは、やはり自分の感性を大事にしていて、普通の人がつまらないと思うようなことにでも喜ぶということ、言いかえると、抽象的な理念にまどわされることなく、自分の経験を尊重する態度だと言えるでしょう。歴史的な言及も少しはありましたが、どちらかというと具体的な目に見える現在に最終的な関心があるわけです。

 町なかで見つけた事物の写真も面白いですが、そのネーミングがそれ以上に傑作です。例えば、「アゴヒゲのある止水栓の蓋」(p25)「ニンジン形の止水栓」(p29)「石炭蓋」(p50)など。
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 ただ残念なのはお酒を飲まない人みたいで、外で食事することがあまりなく、パブやバーの話が出てこないこと。いつも部屋で惣菜を食べているのは淋しいかぎりです。また同じロンドンなのに、頻繁に宿を変えているのがよく分かりませんでした。

 面白かった図像を引用しておきます(上記写真と合わせ無断使用陳謝)。
写真左:「頭が鹿」で「身体が魚」の「鹿魚」とでもいうべき怪獣像(p33)
写真右:サザーク大聖堂の雨男・・・悪魔に呑まれるイスカリオテのユダ(p102)
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