:ロンドンについての雑学本二冊

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玉村豊男『ロンドン 旅の雑学ノート』(新潮文庫 1995年)
吉田健一/高城明文『ロンドンのパブ』(駸々堂出版 1976年)
                                   
 イギリス関連の続き。今回はロンドンの社会、風俗を旅行者向きに解説したような本。『ロンドンのパブ』は会社に入りたての頃買って、40年近く読まずに置いておいた本です(ひょっとすると読んだのかもしれないが、まったく忘れている)。お互いの関連はありませんが、『ロンドン 旅の雑学ノート』でも第一章冒頭でパブの話が延々と繰り広げられているのが共通項でしょうか。

 玉村豊男さんの本は、昔フランスものを何冊か読んだことがあります。『ロンドン 旅の雑学ノート』は、ジョークも多く、気楽に読めました。玉村さんはもともとフランスが専門のはずなのに、ロンドンもなかなか詳しいのは、斉藤茂太による「解説」にあるように、「ジャルパックのツアー・コンダクターをやっていた」(p310)からなのか、その懇切丁寧さは並みのものではありません。旅行者の身にとって必ずぶつかりそうな旅の出来事に対処できるように書かれています。

 半分学者の強みを生かして、いろんな書物からの情報を材料に書いていますので(巻末に参考文献あり)、その薀蓄ぶりは相当なものです。しかも学歴にふさわしからぬ下ネタも豊富。冒頭でいきなり、街角に掲示されている売色広告文の文面に隠された深い意味を解読していて、読者は度胆を抜かれます。

 英国のパブのバーテンはすべてシロウトであること、ロンドンとスコットランドでワン・ショットの量が異なること、傘は当初日傘としてスタートしたこと、WICHの語尾のつく港町は古くからヴァイキングの攻撃を受けた場所なこと、左側通行(イギリス)と右側通行(大陸)の差が生れた理由(細かくなるので説明は省略)などを知ることができました。

 この本でも、英国の真髄は「ひま潰し」にあることが証明されていて、その第一として、すべての近代スポーツが英国で誕生、ないしは原型が誕生、もしくは他の国のものが英国で改変されて完成したものであること。スポーツという語の元の意味は、ひま潰しだそうな。さらには、マイホーム主義者の英国人は、「生活の糧を稼ぐのに必要な仕事のほかに、必ず、生活の糧を稼ぐこととはまったく関係のない趣味、あるいはヒマ潰しの方法、を持っている。どちらが大事かといえば無論後者である」(p210)といった具合。ロンドンのクラブで、もっとも尊敬の念を集める会員は、〝なにもしない会員″というのも、この精神とどこかでつながっているような気がします。


 『ロンドンのパブ』は、はじめ三分の一が吉田健一の「ロンドンの飲み屋」という随筆、残りは経済学者が、パブとその周辺の歴史と、パブの種類、看板、店内装飾、飲食物などを説明しています。当時珍しかった写真新書のシリーズで、外観や店内の写真が豊富。面白いのは、撮影した時期が1970年代前半なので、ほとんどの人が長髪ラッパズボンなことです。

 いちばん惹かれたのは、パブの看板。一定の小さな枠の中に、いろんな種類の絵が描かれていて可愛らしい。もしイギリスへ行く機会があれば、パブの看板をぜひ見て歩きたいと思いました。また店名も変わったのがあって、「シェークスピアの頭」とか「呉服屋アームズ」「あらくれ馬の頭」「掟」など。「緑色人間(グリーン・マン)」!というのもありました。

 それにしても、吉田健一の文章はやはり悪文に思えます。一か所面白い記述がありました。「向うに見える飲み屋の看板が歩くに連れて段々近くなるというのも飲み屋で飲む楽みの一つである」(p28)。これはまさしく古本屋歩きにも当てはまります。