:LUC BÉRIMONT『LES LOUPS DE MALENFANCE』(リュック・ベリモン『マランファンスの狼』)


LUC BÉRIMONT『LES LOUPS DE MALENFANCE』(Marabout 1962年)
                                   
 学生の頃、ラルースの現代文学事典の説明文を片っ端から読んで、気に入りそうな作家をピックアップしていた時に知った名前。シュネデールのフランス幻想文学史にも出てこないし、これまであまり日本では紹介されていない作家だと思います。おととしパリの古本市で二冊購入したうちの一冊。

 不思議な味のある文章。日常的世界とは異なった状況をさらりと簡潔に書いている、したがって文章は短く読みやすい。もっとも特徴のあるのは、主人公がnous(僕ら)という第一人称複数で進行することです。しかも子どもが主人公だが、初めは何人いるか分からないし、途中でどうやら二人ということが分かるが、男か女かもわからない。主要な人物もle Père(親爺)、la Mère(嬶)と、普通名詞の大文字で表わされています。そして最後の一ページで、きょうだいのもう一人が兄だということが分かると同時に、二人が別の道を歩み出すことになり、nousがjeに変わるのも劇的。

 人物が象徴的に造型されている神話的な物語だと言えます。子どもの目線で語るので、余計に神話的な感じが強まるのでしょう。マランファンス(Malenfance)も作者が考えた土地の名で固有名詞ですが、意味するところは、悪い子ども、あるいは不幸な子ども時代といったところでしょうか。

 物語は不思議な展開をしますが、大筋としては次のような感じ。マランファンスという村にどんどん流民が押し寄せ、そのうちサーカス団の装いをした略奪団が村を支配することになる。村の工場経営者の男Probitéが略奪団の首領と講和を結び、一時的に村の平和が訪れたようにも見えたが、それも長続きせず、しだいに村人と略奪団の抗争が激しくなり、最後に略奪団は村から去るが、大勢の村人たちが殺されていたことが分かる、というものです。

 村には掟があり、長老を中心とする寄りあいで合議がなされることになっています。村の外れに一人住む狂女Barbaraに悪さをした罪で、Mathiasという密猟者を合議で指名手配しますが、女性を10名供出せよという略奪団の命令に、あっさりとこの狂女を差し出すあたりに矛盾が生れ、うやむやのうちにProbitéの独断で村の意向が支配されるようになってしまいます。そして森の奥に隠れ潜んだMathiasの方が次々脱走する村人たちを集めて、略奪団と闘うようになります。

 その狂女は若くて魅力的な故に、Mathias、親爺、略奪団の蛇使いPeppy、略奪団首領Brunoの弟Gustave、そしてProbitéらが次々に、彼女を保護し、あるいは関係し、あるいは犯そうとします。結局物語の主役は誰かと考えたら、狂女を中心に物語が展開していることがおぼろげに分かってきました。

 略奪団に支配されるという一種の極限状況が描かれ、次々と緊張の場面が連続します。この作品が書かれた1947年という年代から考えると、第二次世界大戦下のフランスがモデルになっていると思われます。死体がごろごろ登場するのも著者の第二次世界大戦の経験が産んだものなんでしょう。村を支配する略奪団に組したかと思うと、彼らが出て行ったあと率先して略奪団を非難するProbitéの態度などは、ヴィシー政権についたり離れたりした人たちを暗黙裡に想定しているようです。

 エピローグの文章の要旨は次のようなものですが、どことなく無常の響きが漂っています。「マランファンスを地図で探しても無駄だ。これらの出来事は、まだ人々が自らの運命の一部に加担できると信じていた時代の話だ。溶岩の流れがこの地方を洗いつくした。親爺、嬶、Probité、Mathias、Barbara、Bruno、Gustave、敵も味方もいっしょくたに石や炭の層となっている。植物もいろんな木々がごったになって山の基盤となった。そして遠からずのある日、また野生の馬の一群がやって来て丘の草を食むことだろう。その草は慈悲に満ちた時間が彼らを生まれ変わらせたものだ」。