:シャルル・ギヨ有田忠郎訳『沈める都 イスの町伝説』

                                   
シャルル・ギヨ有田忠郎訳『沈める都 イスの町伝説』(鉱脈社 1990年)
                                   
 中世人が想い描いた幻視や彼岸の物語に関する読書の延長です。新倉俊一が『ヨーロッパ中世人の世界』の中でケルト系民話の「イスの町」伝説を紹介しているのを見て、本棚にそういえばあったなと思い出して読んでみました。(『ヨーロッパ中世人の世界』Ⅰ章「中世人と死」(p53)、Ⅵ章「海の星Stella Maris」(p310))

 これを買った時は、「沈める都」という言葉に反応したためで、シュペルヴィエル「沖の小娘」、あるいはドビュッシーの「沈める寺」の美しいイメージを求めてでした。海の中の町ではありませんが時々現れる町として、リムスキー・コルサコフの「見えない町キテージの物語」、ミュージカル「ブリガドーン」、庭に異空間の出現するフィリッパ・ピアス「トムは真夜中の庭で」なども同じ系列の物語になるなと妄想はどんどん膨らんでおりました。

 ところが読んでみると、この物語はイスの町が作られる話が中心で、町が海の中に沈むところで終わっています。『ヨーロッパ中世人の世界』や、この本のあとがきにも紹介されていますが、この物語の後日譚が同じブルターニュ伝説の中にあるようで、その「海の中にある町を垣間見る話」のほうが圧倒的に面白いように思います。

 物語の大筋を紹介しますとこんな感じです。グランドロンというブルターニュの一地方の王が、敵国のマルグヴェンという王妃と愛し合うが、王妃は二人の間にできた娘ダユを遺して逝く。グランドロンは娘に対する溺愛から海岸べりにイスという町を建設し、娘はそこで酒池肉林の饗宴をくりひろげる。僧たちが諌めるが娘は言うことを聞かず、悪魔の化身である若者にそそのかされて、町を海から守っている水門の鍵を渡してしまい、イスの町は海の中に消えていく。その混乱のなか、最後に父王はしがみつく娘を泣く泣く海に突き落とす。

 ギヨによる『沈める都 イスの町伝説』は、「古文献による」とだけ書かれていて出処が明らかにされていず、訳者の有田忠郎氏は、19世紀前半に読まれたエミール・スーヴェストルの『ブルターニュ炉辺閑話』を大筋踏襲していると推理し、その元になっているのは、①ケルト民間伝承、②中世のマリ・ド・フランス作『グラドロンの歌』、③いくつかのキリスト聖者伝で、それに④作者の創作が加わっているとしています。

 スーヴェストルというからには、あの『ファントマ』を書いたスーヴェストル&アランと何か関係があるのではと、ネットで調べてみると、やはり『ファントマ』のスーヴェストルの大叔父にあたるようです。有田氏の推理の延長線上で考えれば、『ブルターニュ炉辺閑話』が出たのはロマン派全盛期で、この話がとても近代的なセンスの作り方になっているのもうなづけます。

 近代的な印象の原因は、繊細で説明的な描写や、舞台のやり取りのような会話やモノローグの挿入で物語が進行することに加え、ところどころ、聖者に対して悪魔と契約した狼男だと非難するシーンや、恋に窶れ自殺しようとする若者、仮面をつけての王女との密会、蒼い顔と両眼に奇怪な光を湛えた悪魔の化身、生き返った戦死者が踊る場面など、ロマン派的な人物や場景が出てくるからです。太古の伝説の雰囲気を留めているのは、人と恋を争って海が嫉妬するという設定の意表をつく面白さぐらいでしょうか。

 話の中心を占めているのは聖者伝で、キリスト教的な救済や懲罰の考え方がこの物語のテーマと言えるでしょうか。聖人が奇跡を起こす場面は一種の魔法較べのような感じもありますが、ただ、それも次々と死者を甦らせたり、自然を制御したりの安直さが度を過ぎていて、荘厳な印象はかえって希薄になっています。

 あとがきに、フィオナ・マクラオドの『かなしき女王』の「髪赤きダフウト」が、同じ伝説をもとにしていると書いてありました。このブログでも取り上げたのに、まったく覚えていなかったのでもう一度さらりと目を通してみました。松村みね子の訳文のせいもあるでしょうが、とても格調高く詩的な文章で、あらためて『かなしき女王』の素晴らしさを感じました。しかし、この物語でも父王の亡き妻とその生き写しである娘に対する愛情が中心で、イスの町の建設がひとこと簡単に触れられている程度でした。

 この本でとても感心したのは、訳者が福岡に住んでいて地元の出版社から出版されたということで、その姿勢には敬意を表したいと思います。さらに、地元の画家に挿絵を依頼していますが、その絵の雰囲気は原書の挿絵をそのまま転載したかに見えるほど、ヨーロッパ的です。2、3アップしておきます。
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 いま、新倉俊一の『フランス中世断章』を読み始めたところですが、そこではわざわざ「『沈める都』伝説考」という一章を設けて、このテーマを探求しています。