:Jean Lorrain『Maison pour dames』(ジャン・ロラン『ご婦人の館』)

Jean Lorrain『Maison pour dames』(Albin Michel 1990年)

                                   
 昨年パリでの購入本。ジャン・ロランというので期待して読みましたが、きわめて普通の小説。夫妻の家庭生活を描いたリアリズム小説です。妻に振り回される夫というユーモア家庭小説的雰囲気すら漂っています。

 物語を簡単に紹介すると、アヴィニヨンに住んでいる夫妻が、妻が雑誌の詩のコンクールで優勝したことをきっかけに、二人でパリに出てきます。雑誌編集長、グラビアカメラマン、雑誌のパトロンの大富豪、コラムニスト、服飾デザイナーらが続々と登場し、パーティや食事会、劇場など華やかな社交の舞台にデビューします。しかし一時は都会の華麗さに眩惑されたものの、虚飾にまみれた生活や次から次へと忍び寄る性の誘惑にうんざりし、突然パリから去るという話。ロランが日ごろ接している文壇やジャーナリズム、社交界へのあてこすりとも思えるような内容です。

 『Princesses d’ivoire et d’ivresse(象牙と陶酔の王女たち)』に代表されるようなロランの幻想的夢幻的異郷的な世界とはまったく別世界の雰囲気。かろうじて、登場人物の奇怪さ、服飾や部屋の装飾の描写にロランらしさが表われています。レスビアンMauve夫人の部屋はルネ・ヴィヴィアンの部屋をモデルにしているような気がします。

 はじめはストーリーの展開も普通の小説らしく穏やかに進んでいたし文章も平明でしたが、途中から話が複雑になり、登場人物も怪しげな連中が増えてきて、ジャン・ロランらしき頽廃的ムードが漂ってきたあたりから、文章も難しくなり読むのに難渋してしまいました。短い会話が「―」という記号で話し手を変えながら、段落なく続いていくので、三人で喋っている部分では、誰が喋っているのか分からないまま読み進むということになりました。

 老人やレスビアンの女性から次々に誘惑されるという場面、二人の女が交互に自分の体験を告白するという語り口など、ポルノ小説を思わせるところがあります。ロランの晩年(と言っても51歳で亡くなっている)の作品のようですが、詩のコンクールのパトロンである老人が、狒々爺のように、主人公の女性に迫る場面があちこちに出てきます。これは作者の願望でしょうか、それとも実体験でしょうか。

 カチュール・マンデスが実名で登場したのにはびっくりしました。