:maurice pons『virginales』(モーリス・ポンス『無垢な心』)


maurice pons『virginales』(CHRISTIAN BOURGOIS ÉDITEUR 1984年)

                                   
 昨年パリ購入本(新刊)。100ページちょっとの本でしたが、これまで最速記録の6日間で読み終えることができました。

 ポンスの初期の作品集(初版は1955年刊)。トリュフォーが映画にしたこともあり、大々的に認められて、作家としての道を歩み始めた記念すべき短編集です。「Avant-propos(はじめに)」では、小説家として出発する前の苦労について書いていて、この作品集が生まれるに際しても、原稿をいろんな雑誌に送りつけたりしているようです。突き返された時のセリフ「夢をもとにした蜘蛛の巣のようにはかないドラマに過ぎん」がなかなか的をついていて面白い。また掲載寸前になって、フランソワ・モーリアックから「こんなしょんべん臭い作品と一緒に掲載されるのはごめんだ」と言われ没にされるエピソードも紹介されていました。

 9編の短編が収められています。いずれにも怪奇幻想趣味はまだ現われておらず、初々しさが感じられますが、子どもの想像力の奔放さを描いているなかに奇妙な味が出ています。

 小説というよりは思い出を語る随筆に近いもので、散文詩的なモノローグの調子が「子どもの会話」を除く全編に溢れています。とくに「フローライン嬢」「代母」「自転車で」。内容は、全編子どもの王国を描いていて、性へのストレートな関心や、無邪気な誤解、時として残酷なことを平気で思いつく子どもの邪悪さ(純真さ?)がテーマになっています。

 「virginale」という言葉が「子どもの会話」を除きどの短篇にも出てきましたが、タイトルを意識してのことでしょうか。またそれぞれは独立した短篇ですが、Jean-CharlesとJouveという人名がいくつかの短篇に共通して登場してきました。とくにJean-Charlesは頓馬な役回りをあてられているようでしたが、何か思い入れがあるにちがいありません。子どもの頃喧嘩した相手とか。

                                   
 各篇の内容を感想を交え簡単にご紹介します(ネタバレ注意)。
○Miss Fraulein(フローライン嬢)
少しませて性に大胆な異国の女の子との日々。朝彼女の部屋に入って足にほおずりしたり、ピクニックに出かけた先で、馬乗りになった彼女からお仕置きを受けたり、子どもから大人になる途中の性の甘酸っぱい陶酔を描く。


○Ma maraine(代母)
子どものころのマリア様を思わせる代母の思い出。夏に蚊よけの蜂蜜レモンを顔や首、肩に塗ってくれるときの心地よさ。


Balzacバルザック
寝床で、両親がBalzacを話題にしていたのを聞き、我が家を襲う怪物と勘違いして脅える幼い兄弟の物語。脅える息子たちに乗じて、想像上のBalzacに扮装して子どもたちを驚かそうと奮闘する父の姿がユーモラスだ。


Le Gniagnia(ニャニャ)
祖母の家の棚の奥から見つけたグニャグニャした不思議なものを宝物に仕立てて熱中した子ども時代の遊びを回顧する。両親はそれを見つけて心配したという。ニャニャとはいったい何だったのだろうか、コンドームか?


Le Séducteur(誘惑者)
子どもの頃公衆浴場の脱衣場で男から覗かれウィンクされた恐怖を語る。フランス語の場合、語り手の人称がしばらく分からないことが多い。途中でようやく主人公が女性であることが分かった。


Mots d’enfants(子どもの会話)
会話体だけで成り立っている短篇。子どもたちの無邪気な会話は、子どもらしい性への興味が現われてしかも大きく誤解してたりする。ころころと話題が移っていくのが面白い。会話体なので読みやすいと高をくくっていたら、とんでもなく難しい。描写がないので、言葉だけで全体を想像しないといけないし、それと俗語的な表現が多いのと、子どもなので言葉の誤用があるからか。


○En Tripolitaine(トリポリタニアへ)
死者が行くという砂漠の国を発見しようとして、死者の後をつけるためには女中を殺すのがよいと、子どもらが共謀する話。子どもの心の単純な残酷さが描かれている。


La Communiante(聖体拝領式)
仲の良い従姉妹のスカートのなかが気になるぼく。ストッキングとガーターの神秘。桜の花の下で、はじめてストッキングのなかに指を入れた日の夜、桜の花が白い百合の咲き乱れる教会に降り注ぐ奇妙な夢となって現われる。最後の部分はPonsの将来の幻想的世界を彷彿とさせる。


A bicyclette(自転車で)
高校時代いくつかの徒党のなかで群を抜いていたのは自転車団。女王のようなリーダーを崇拝し熱狂する男ども。その秘密は何。古代の祭典のような自由奔放な世界が現出する。あの時代はもう戻らない。


○Les Mistons(悪ガキ)
恋人たちをはやしたてる悪ガキたちの屈折した心理を描いた作品。友だちのきれいなお姉さんに憧れながら、お姉さんと恋人の二人を追いまわして囃し立てる悪ガキたちも、恋人の死という悲劇に見舞われたお姉さんを前に一瞬凍りつくのだった。
この短篇をトリュフォーが短編映画(邦題「あこがれ」)にしているというのでレンタルDVDで見たが、原作の荘重さに欠けるという印象。お姉さんの恋人の設定が原作では大学生なのに、映画では体育の先生になっているところや、決定的なのは最後の場面で、原作ではお姉さんの悲しみを前に悪ガキたちが凍りつく劇的なところが、映画では子どもたちの憧れがまだ続くといったぼんやりした印象になっている。