:JEAN MISTLER『L’Ami des Pauvres』(ジャン・ミストレール『貧者の友』)

                                   
JEAN MISTLER『L’Ami des Pauvres』(Grasset & Fasquelle 1974年)

                                   
 『ETHELKA(エテルカ)』『LA MAISON DU Dr CLIFTON(クリフトン博士の家)』とジャン・ミストレールを読み継いできた勢いで読んでみました。実は、この本は第二次世界大戦前後に書かれた四つの短編が絶版になっていたため復刊したもので、このうちタイトルにもなっている「L’Ami des Pauvres」と「La ligne droite」の二篇は『LA MAISON DU Dr CLIFTON』のなかに入っていました。だから実際は半分しか読まなかったことになります。

 今回読んだ二篇はともに虚構性の強い短篇で、「La Femme nue(裸の女)」はどちらかというとミステリータッチ、「Le Veau d’or(金の仔牛)」はSFと経済小説を足して2で割ったような作品です。『LA MAISON DU Dr CLIFTON』の諸篇と同様、若干荒唐無稽なストーリーにもかかわらず、細部がよく描けているので、小説としての味わいは揺るぎのないものになっています。

 「L’Ami des Pauvres」について、ナチスユダヤ強制収容所送りを彷彿とさせるシーンがあることに言及しましたが(5月6日記事参照)、著者自身もこの本の前書きで、みずからの先見の明を自慢げに報告しています。もう一つ予知能力を発揮したと自慢しているのが「La Femme nue」で、これはルーヴル美術館からフェルメールの絵が盗まれる事件を扱っていて、その絵がフェルメールも描いたことのない贋作であったという筋書きですが、実際にフェルメール贋作事件が起こる前に想像で書いた作品。両方の事例とも、作家の想像力が未来を見抜いたということでしょうか。


各篇を簡単にご紹介します(ネタバレ注意)。
La Femme nue(裸の女)
先にも書いたように、フェルメールの贋作がテーマで、美術学校の試験に落とされた復讐心から贋作をルーヴルに飾らせるという野心を抱く犯人像は、現実のフェルメール贋作事件がやはり美術界への復讐が動機となっていたところなど、細かいところまで似ている。
この短篇には、ユーモア小説のような味わいがあり、頓馬な役どころとてきぱきとした上司といった具合に、人物造型が極端になっているし、犯人に翻弄され右往左往する美術館幹部と文化庁幹部がコミカルに描かれている。後半部、警察と美術館が一体となって事件を隠蔽しようというストーリーには無理があるように思えたが、何とか勢いで話を最後まで持っていく力量はさすが。


Le Veau d’or(金の仔牛)
21世紀フランス経済のカタストロフを描いた未来小説。屋根裏部屋から出てきた手稿という形をとっている。フランス経済が破綻したその日に、空から金の隕石が落ちてくる。隕石の発見、試掘、分析、採掘に至る過程はSF的味わい、採掘が始まって以降は経済小説。隕石の金の量は貨幣流通量の2倍以上あり、市場に放出しても経済が混乱するだけと金の仔牛を鋳造する。金の仔牛を崇める原始宗教が興り社会も活気づき犯罪も減少するが、炭鉱でのストライキによる石炭の値上げをきっかけにあっという間にインフレとなり、財政を助けるために金の仔牛も少しずつ解体されたあげくに、結局経済破綻に至る。隕石は破綻を束の間の引き伸ばしたにすぎなかったという悲観的な小説。経済用語や政治用語がたくさん出てくることもあり文章が急に難しくなったので、間違ってるかもしれない。
この中で、フランスの家庭が金の牛をテレビで見るという場面があり、この小説が書かれた1944年の時点でフランスでテレビがある程度認知されていたのを知ることができた。