:ドイツ・ロマン派絵画に関する本二冊と展覧会図録二冊

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H・J・ナイトハルト相良憲一訳『ドイツ・ロマン主義絵画―フリードリヒとその周辺』(講談社 1984年)
藤縄千艸編・解説『ドイツ・ロマン派画集―フリードリヒ・ルンゲ・ナザレ派・ビーダーマイヤー』(国書刊行会 1985年)
『フリードリヒとその周辺』(日本経済新聞社 1978年)
『19世紀ドイツ絵画名作展』(朝日新聞社 1985年)


 ミュンヘンのシャック・ギャラリーで見たシュヴィントの絵が頭にちらついて、シュヴィントの時代の美術がどういう具合だったのか興味が湧き、『ドイツ・ロマン主義絵画』を手に取りました。絵が普通ページに白黒でぼんやりとした状態で掲載されており、「訳者あとがき」に「図版はほとんどテキストの参考として」つけているだけで画集などを確認してほしいとのことなので、手元にあった『フリードリヒとその周辺』『19世紀ドイツ絵画名作展』の二冊の展覧会図録と『ドイツ・ロマン派画集』を参照しました。


 ところが『ドイツ・ロマン主義絵画』では、シュヴィントについては名前が二カ所出てくるだけでした。というのは、シュヴィントはウィーンからミュンヘンにかけて活動していた人ですが、この本はドレスデンを中心に、この時代のドイツ絵画の動きを解明しようとしたものだからです。

 以前、ミュンヘンについての本を読んだとき、世紀末から今世紀初頭のヨーロッパ芸術の揺籃の地として重要な場所だったことを知りましたが、歴史を見る場合、とくに文化史の場合は、地理的な視点が大切だと感じます。ドイツのロマン主義運動にとって、ドレスデンが重要な役割を果たしたことが分かります。

 この本には、いくつかの視点が複雑に折り重なっています。大きな見取り図として、ひとつは美術アカデミーの役割を考える視点、伝統的な美術アカデミーが勃興するロマン主義に一定の理解を示しつつ影響も及ぼす一方、ロマン主義者の反アカデミー的態度を指摘し、もうひとつはイタリア美術への志向に関する視点、クロード・ロランなどの明るい風景画からラファエロにまで遡ります。またドイツ北方・オランダ風景画の影響についての視点や、自然科学的な視点(C・G・カールスの雲の動き、ルンゲの色彩論)、さらには宗教の視点、カトリックへの復古的な動きのなかで、フリードリヒはプロテスタントに根ざした信仰を保持したこと、ナザレ派の中世への志向、さらにはリアリズムへの移行の視点。

 とても全体像を語るのは私の手に余りますが、「訳者あとがき」はその点秀逸で、論述の特徴が詳細に語られています。訳文も読みやすく、この訳者はなかなかの方だとお見受けしました。

 後期ロマン派という言葉は、音楽の世界ではよく聞く言葉ですが、美術の世界では、メルヒェン風とかビーダーマイヤーにつながる美意識で語られています。音楽の場合は、ワーグナーブルックナーマーラー重厚長大勇壮になっていく印象がありますが、この関係はどう考えればよいのでしょうか。マーラーにもメルヒェン風の部分はありますが、後期はフリードリヒの世界に近いような気もします。


『ドイツ・ロマン派画集』は長らく置いてあった本。いままで気がつきませんでしたが、シュヴィントが独立した節で紹介されていて嬉しい。ヴィンケルマンの新古典主義にはじまり、ギリシアに影響を受けた輪郭線様式や、フリードリヒの生い立ちや芸術観、ゲーテに評価されたルンゲの色彩論、ビーダーマイヤーの語源や歴史的位置づけなど、基本的な知識が分かり易く説明されています。

 フリードリヒが幼い頃、溺れかけた自分を助けようとして弟が死ぬという痛ましい事件に遭遇したこと(p26)、自然の中に十字架や教会を置くことで宗教画と風景画ともに新しい分野を開拓したこと(p31)、ナザレ派の素朴主義がラファエロ前派によってひきつがれたこと(p110)、シュヴィントの神秘で幻想的な森の描写にアルトドルファーやクラーナッハのドーナウ派の影響が認められること(p132)など貴重な指摘がありました。


『フリードリヒとその周辺』は、この展覧会がナイトハルト監修で序文も書いているぐらいですから、図版も『ドイツ・ロマン主義絵画』と重なるところが多くあり役立ちました。


『19世紀ドイツ絵画名作展』は、時代の範囲が広く、画家一人分の点数が1〜2点と限られていますが、ベルリン国立美術館所蔵品の展覧会ということで、『ドイツ・ロマン主義絵画』では少ししか触れられていなかったシンケル、ブレッヒェン(ベルリンで活動していたため)の作品が比較的多く紹介されています。


 全体を通してお気に入りの絵は、
フリードリヒ「暁の巡礼」「海辺の僧」「オーク林の僧院」「墓地の入口」「海の月の出」「朝日の中の村の風景」「冬」
ルンゲ「アリオンの航海」
シュヴィント「囚人の夢」
エーメ「冬の大聖堂」「霧の中の行列」
ダール「月夜(タラントの廃墟)」
ブレッヒェン「ゴシック教会の廃墟」
シンケル「ザラストロの庭園」「水辺のゴシック聖堂」
といったところでしょうか。


 それにしても何とかシュヴィントの画集を手に入れたいものです。ネットで見ると一万円以上もするようなので手が出ませんが。