:Jean-Louis Bouquet『Aux portes des ténèbres』(ジャン=ルイ・ブーケ『闇の間近で』)

                                   
Jean-Louis Bouquet『Aux portes des ténèbres』(Denoël 1956年)

                                   
 この本も生田耕作旧蔵書。いつもの「奢灞都館呈蔵」の印はありませんでしたが、ページのあいだに大阪旭屋から生田耕作宛て、J・Ray『Le Livre des fantomes』品切の通知ハガキが入っていました。  
 今年パリで買ったマラブ叢書の『Les filles de la nuit』が、この本とまったく同一の内容であることが分かりました。


 文章は前回読んだMistlerに比べてかなり難しく感じました。以前読んだ同じBouquetの『Le Visage de Feu(炎の顔)』(11年5月24日記事参照)よりも難しかった気がします。なぜ難しく感じられるか考えてみると、第一の理由は、知らない単語(あるいは顔なじみでも意味が思い出せない→これがほとんど)がたくさん出てくるので辞書を引いてばかりして疲れること。第二は出来事を述べる部分が少なく、感想や考えを述べる部分が多いからでしょう。
とここまで書いて、ノンフィクションが読みやすい理由の一つは、具体的な事実が述べられていて、感想や理屈の部分が少ないということだと思い当りました。
 あまりに難渋するので、発音が正しいかは別として途中で大きな声を出して読むようにしたら、集中力が増したような気がします。結果的に読むスピードが上がりました。体にもいいし、これから心掛けるとしましょう。


 内容は、難しいだけあって文章が稠密濃厚で、ホフマン的な奇怪な想像力が縦横無尽に暴れまわっています。人形の存在や人形が演じる世界が次第に現実を侵食してきたり、悪魔が気の弱い人間に殺人をそそのかしたり、過去の怨霊が現代の人間に憑りついて演劇的な振舞いをさせるなど、悪魔的なものが現実を左右するさまがダイナミックに描かれています。

 とくに冒頭の一篇「Les filles de la Nuit(夜の娘たち)」と最後の二篇「La fontaine de Joyeuse(ジョワイヨーズ侯爵の泉)」「La figure d’argile(粘土の人形)」は素晴らしい。「La figure d’argile」では最後のシーンで涙を禁じ得ませんでした。

 読み終わってこのブログを書こうとして、『現代フランス幻想小説』(白水社)になにかブーケの短編が掲載されていたことを思い出して調べてみたら、「La fontaine de Joyeuse」が入っていました。なにせ40年以上前に読んだものなので全く覚えておりませんでした。


 簡単に各短篇(「La fontaine de Joyeuse」除く)をご紹介します(ネタバレ注意)。
◎Les filles de la Nuit(夜の娘たち)
作家のもとへ人形師が現われ、作家の顔や昔の恋人の顔を模して作った人形を作ってくれた。昔の恋人の人形に向ってお前の方から来いと言った翌日、彼女からまた会いたいという手紙が来た。彼女が来る前の日、人形師から人形たちの演じる芝居を見せられるが、そのストーリーは作家が誰にも秘密にしていたもので直近の手紙のやり取りまでが模写されていた。怒った主人公が人形を暖炉に放り投げたところ、同じ日に恋人は死んでいた。人形師の家に怒鳴り込んだが、人形師も舞台も跡形もない。最後は主人公の錯乱で終わる。


△Les pénitentes de la Merci(告解者)
キリスト教の歴史を調べている清廉潔白な学者が売春婦に殺された。弟子が研究メモを辿って行くうちに、師も見ていたらしいマゾヒスティックな悪夢を見る。学者は殉教者の歴史を研究していて、自分が歴史上の殉教者に同一化していく妄想を抱き、昂じた果てに死んでしまったのだった。


〇Caacrinolaas(カークリノラース)
悪魔的な人物が善良な人たちを次々に陥れて殺していく話。主軸の話は、悪魔にそそのかされた主人公が、横暴な妻を修理中のベランダから事故を装って落として殺すくだり。細かな悪巧みがうまく行くかどうかハラハラさせる味わいはアメリカのサスペンス小説を思わせる。カークリノラースというのは友人が悪魔にとり憑かれた時の自称。

◎La fontaine de Joyeuse(ジョワイヨーズ侯爵の泉)


◎La figure d’argile(粘土の人形)
主人公が遺産相続で譲り受けた人形は、女性が身につけていたものを人形につけると、その女性が夜ベッドに現われ痴態を繰り広げるという悪魔の人形だった。欲望に弄ばれるうちに、道で拾ったブローチを使って現れた女性に恋し、実際に会おうとして居場所を突き止め訪ねるが、その女性は結核で死にかけていた。煩悶のうちに精神的な真の愛情に目覚めるという話。最後に死んだ女性の部屋が不思議な明りで満たされるシーンは奇蹟小説の味わいがある。