:バルトルシャイティス著作集3『イシス探求―ある神話の伝承をめぐる試論』


ユルギス・バルトルシャイティス有田忠郎訳『イシス探求―ある神話の伝承をめぐる試論』(国書刊行会 1992年)
                                   
 いよいよこのシリーズも最終です(『アベラシオン』は刊行時に読んだので)。この一冊だけ視覚や見え方を問題にした他の三冊と少し色合いが違うと思っていましたら、「序文」で見事にその位置づけが解説されていました。「『逸脱の遠近法』の働きは、レンズの収差(『アベラシオン』)と歪像(『アナモルフォーズ』)によって行われる。収差は形態の伝説を生ぜしめ、歪像は光学的な偽書を生ぜしめる。正典である物語の周囲に想像の物語を生み出すのも、やはり視覚の逸脱と二重化という、同じメカニズムなのである(p5)」。

 イシス伝説については、その昔、ネルヴァル『火の娘』の「イシス」ではじめて知って以来、私のなかでは、オーレリアのイメージと重なり、その後ヘカテやアスタルテなどと渾然一体となった存在です。詳しくは知らなかったので、イシスをめぐってこんなに厖大な文献があることなど想像もしておりませんでした。

 この本も他の三冊と同様、おびただしい例証が次から次へと展開されますが、『鏡』と同様、「序文」と「結論に代えて」と本文の要約が前後に置かれていて、とても分かり易く読めました。

 この本は、エジプトに生まれたイシス伝説が世界にどう伝わり、その伝播の実態がどう歪められて解釈されてきたかを探ったものです。初めにフランスでのエジプトの痕跡を、ノートル・ダム寺院にイシスが祀られていたという話やパリという名称がイシスに由来するという説から辿った後、モーツァルトの『魔笛』に秘められたフリーメーソンの思想から、フリーメーソンがエジプト起源であるという話に広がり、その後、イシス、オシリスがヨーロッパ中にその痕跡を残している後を追いかけているうちに、ついにインド、中国、メキシコまで達し、最後はアイルランドの巨石信仰にピラミッドを見る話にまで及びます。

 ニュートンまでが得意の天文学を駆使して、オシリスとバッコスとエジプト王シシャク、セソストリスを同一人物とする説を提唱しているとは。

 結局は、エジプトの信仰が、駐屯のローマ軍を媒介にして、ギリシア・ローマ世界のただなかに広まったことが、九世紀から十九世紀まで続いた伝説をつくる基盤にあった(p357)ということなのです。これもやはり自分たちの知りうるなかでは最も古い世界だったエジプトへの憧れがもたらしたものだったんでしょうね。

 その間違いを引き起こした原因として大きく挙げられているのが、実際の発掘物が理論を補強する証拠とされたこと(しかしそれは実は新しく埋められたものだった)、それから語源を絡めた説明を柱として起源を次々と拡げていったということです。イシスをアイス(氷)と見て北欧起源を提唱するという珍奇な学説も出てきます(p188)。

 日本でも以前考古学の発掘で自分が埋めておいたものを新しく発見したかのように装う事件がありましたが、同じようなことが近世ヨーロッパでも頻繁に起こっていたことが分かってとても面白い。

 また語源から類似を探る方法は、かなりいい加減ということが分かりました。言葉の語源を考える本がいろいろ出回っていますが、昔の文献などではっきりと出自が証明されるもの以外、著者の想像力によるものはかなり眉唾だと思わないといけません。

 しかしよく考えてみると、デタラメを述べて説明しようとする行為は、無秩序なものにある秩序を生もうとしていることで、本当のこととは精度が違うだけなのかもしれない。


 恒例により印象に残った文章を少し抜粋しておきます。

各種の聖典を開いてみれば分かるように、「永遠なるもの」はかつてはイスーイス(Is-Is)と呼ばれていた。・・・時代と場所の違いはあれ、至上の存在としての神を指す名の響きの中に、宇宙のざわめきが反響しているのである/p35

モートゥールは、そのような錯誤がいかなる心理的カニズムから由来するかを、舌鋒鋭く分析する。第一の原因は、己が由緒を飾ろうとする虚栄にあるのだ/p136

我々は、最後の異教徒を殲滅するのでなく、改宗させ、変化させる。同様に、我々は神殿や偶像を破壊したり、聖なる木を切り倒したりするのでなく、もっと良いことをする。すなわち、それらを神に奉献するのである(アウグスティーヌス)/p154

こんなに明らかな作り話が、歴史の分野にこれほど反響を及ぼした例は少ない。この種の奇怪な「発見」に対する潜在的な期待や暗黙の合意があってこそ、これだけの影響力が生じたのである/p218

このオランダの神話学者(ヴォシウス)は、文明は多様でも各宗教の間には深い単一性があると信じている。・・・神の啓示が精神のあらゆる示現のなかに恒久的に見られるという確信をもって書かれている/p232

すべての英雄は共通点を持つ/p260

エジプトとインドはひどく隔たり、ひどく謎めいているので、簡単に混同された/p266

袖廊の上に尖塔を立てることをまだ知らなかった時代のアイルランド教会の傍に聳える塔も、鐘楼も、側塔も、すべては見ようによってはピラミッドなのである/p340

オシリスとキリストの物語は、自然が死と再生を繰り返す、その循環のアレゴリーにすぎない/p354