:堀口大學訳フランス短篇集四冊

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堀口大學譯『現代仏蘭西短篇集 聖母の曲藝師』(至上社 1925年)
堀口大學譯『仏蘭西短篇集 詩人のナプキン』(第一書房 1929年)
堀口大學訳横田稔装画短篇物語1 幼童殺戮』(書肆山田 1989年)
堀口大學訳横田稔装画短篇物語2 アムステルダムの水夫』(書肆山田 1989年)


 堀口大學の訳書をまとめて読んでみました。違った訳者も含め以前読んだものも多く「オノレシュブラック」「聖母の曲藝師」などは何度読んだか分かりません。

『聖母の曲藝師』と『詩人のナプキン』の二冊は重複しまくっています。「萎れた手」「台風」「冷たい恋人」「青髯の結婚」「オノレ・シュブラック滅形」「聖母ノ曲藝師」「幼童殺戮」「水いろの目」「エステル」「三日月」「モネルの言葉」「遊行僧の話」が重複。『聖母の曲藝師』で重複していないのは「土耳古の夜」「友の中」「訪問」「黌を逃れて」の四篇。『詩人のナプキン』では「詩人のナプキン」「五寸釘」「嫉妬」「ドン・ファンの秘密」の四篇。わずか四年しか間が開いていないのに同じようなものが別々の出版社から出ているのはどういうわけでしょうか。

 『堀口大學訳横田稔装画短篇物語』は50年近く経ってから復刻を意図したもので、他にもう一冊あって合わせて三分冊となっています。3冊目の詳細が分かりませんが、『幼童殺戮』は上記と重複したものを除けば「ヴィオロン声の少女」「沖の小娘」の二篇、『アムステルダムの水夫』が重複を除いて「花売り娘」「アムステルダムの水夫」「ドニイズ」の三編を収めています。


 この四冊を比較すると、本の造り方はさすが第一書房だけあって、活字の雰囲気といい、紙質といい、いちばん優れていました。同じころの『聖母の曲藝師』は装幀は立派なものですが活字と紙質がどうもしっくりと行きません。

 堀口大學の訳文は、原文と比較して読んでいるわけではありませんが、大変こなれていて、大学調とも言える境地に達していて味わい深いものがあります。

 このなかで最も印象深かったのは「幼童殺戮」で、中世の農村を舞台にしていますが、村で進行しつつある救いようのない悲劇を、全体を見わたすような立体的な視点で、ノンフィクション的な冷徹さで淡々と描き出しているのはすごい手腕です。


 とここまで書いてきて、別件で本棚を見ていたら、『詩人のナプキン』のちくま文庫版を所持していることに気づきました。しかも93年に読んでいて、その時はあまり評価していなかったことが分かりました。あの頃は堀口大學に対して、訳詩などの印象から、軽妙な訳し方をするだけで深みに欠けるという印象を持っていたように思います。年齢とともに読み方も変わるものですね。

 ちくま文庫版では、第一書房版に加えて、7篇が付け加えられており、そのなかでは「懶惰の賦」(ケッセル)に◎をつけております。


恒例により印象に残った短篇をご紹介しておきます。(ネタバレ注意)                                   
◎オノレシュブラック滅形(アポリネエル)
カメレオンのように背景の色に体が変化し消えてゆく男の荒唐無稽な話だが、それを感じさせない物語の運びのうまさが光る。


◎聖母の曲芸師(フランス)
無垢な信仰心を持った曲芸師の精一杯の表現とそれを暖かく受容する聖母の愛が美しい奇蹟譚。


○台風(フアレエル)
ちくま文庫版を読んだときは◎になっている。阿片窟で語られた話。かつて激しい台風で難破した筈の船が、台風の真ん中に幽霊船となって静かに現れる目撃談。阿片の幻覚か。


◎冷たい恋人(フアレエル)
マルチニック島での出来事。夜這いの手引きをして若者をある美女の寝室へ導くが、しばらくして若者は血相を変えて逃げだす。その数日前にその女は死んでおり、通夜のしきたりで安置されていたのだった。


○萎れた手(フアレエル)
コンスタンチノオプル駐在のフランス海軍大尉と別荘に住む男爵夫人が、異国情緒と贅沢な社交生活のなかで愛し合い、大尉は軍を辞職までしてフランスへ戻り同居するが、あまりに味気ない現実生活に窶れ、思い出の地で束の間の豪奢な生活の果てに心中しようと決心する。短くも美しく燃えということか。


○五寸釘(アブルケルク)
病気で身動きができなくなった男が、計略を用い自分の死と引き換えに憎い男を殺人犯に仕立て上げる復讐譚。五寸釘のような骨太の信念の一徹さが凄い。


◎幼童殺戮(メエテルリンク)
上に書いたとおり。


◎青髯の結婚(レニエ)
旅人として青髯の住んでいた町へ訪れた主人公。寺院や夕暮れの水辺の景色の描写を導入部として、いまや廃墟となった城が克明に描かれる。主人公は昔そこで青髯が美しいお妃らと繰り広げた豪華絢爛な物語に思いを馳せ(意表を突く牧歌的な結末がある)、夜の水辺に静かに去って行く。色彩と音響と香りに溢れ陰翳に満ちた美しい文章。


○水いろの目(グウルモン)
ジャン・ロランの緑の眼を思わせる水色の目が物語の中心になっている。目が氷の塊のように溶けてしまうイメージの鮮烈さ。これは世紀末の特徴なのだろうか。


○沖の小娘(ジュール・シュペルヴィエル
海底の町に独り淋しく住まう少女の物語。おとぎ話のようだなと思って読んでいると、最後の一節で、生身の人間の悲劇的な様相があらわになるところが秀逸。