:林哲夫の2冊

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林哲夫『喫茶店の時代―あのとき こんな店があった』(編集工房ノア 2002年)
林哲夫『古本屋を怒らせる方法』(白水社 2007年)


 林哲夫は関西を拠点に古本に関する著作を執筆している数少ない一人(他には高橋輝次山本善行ぐらいか)。他に古本に関するブログdaily-sumusを開設していて、タイトルどおり毎日更新され、知らない本や作家のこと、また古本イベントなどが紹介されていてとても参考になります。


 『喫茶店の時代』は、はじめの3章が日本の珈琲やお茶に関する歴史・薀蓄、次の2章が戦前のカフェ、喫茶店についての話題、最後の2章が音楽喫茶など戦後の喫茶店の紹介、という構成になっています。

 とくに、真ん中の「カフェ列伝」、「喫茶店の時代」の2章が充実しており、かつて文芸運動や出版活動の場となり、サロンとしての役割を果たしていた喫茶店、そこに集う作家たちの生態が詳細に描かれています。このテーマに関しては類書もそんなにはないと思います。林哲夫は自ら「うんちくさい」と名乗るだけあり資料の渉猟は半端ではありません。

 なかでも、カフェー・ライオンの鼻つまみ番附け(p95)は最高に面白い。記者が面白おかしく書いたものとはいえ、お店の女給の立場から常連客を寸評するといったことは、今の時代とてもできないことでしょう。

 神戸モダニズム詩人のたまり場「カフェー・ガス」、東大仏文のグループが集まった本郷薬局の喫茶室、素敵なPR雑誌を出していた「ブラジレイロ」、宮沢賢治第一回追悼会の会場となった「新宿モナミ」、ダダイストアナーキストがたむろした南天堂書店階上の喫茶部、昭森社ビル一階「らんぼお」と閉店後もそのビルに戦後詩の出版社が続々と結集したことなど興味深く読みました。

 現在、こうしたカフェや喫茶店の機能を果たしているものがどこにあるのか考えてみました。何軒かの飲み屋は思いつきますが、昔ほどではないでしょう。それとも私の知らないお店が神保町辺りにはまだあるのでしょうか。

 敢えて言えば、この本は真ん中の2章に真骨頂があり、他の部分は割愛したほうが、本としてはよい本になったと思います。 


 『古本屋を怒らせる方法』は、古本屋や古本市の話題、古本に関するエピソード、古本オークション、作家や画家の話など種々雑多で、夢に見た古本市をテーマにしたショートストーリー(二重の落ちがありなかなかよくできている)まであります。こういう本は肩肘張らずのんびりと寝転がって読むのにぴったりですね。


 いろんなエピソードが印象に残りました。
ルネ・クルヴェルが亡くなったとき、ブルトンやダリなど次々に弔問に訪れ、しばらくして本棚から貴重書が消えていたこと(p16)

古本の世界にも「ゴッドハンド」を持つ人種がいること(p28)。→我々の仲間にもそういった人がいます。一時は私もそう言われていたことがあるが。

愛犬の死が貴重な古本へみちびいてくれた話(p80)→この本のなかでいちばんほろりとさせられる話です。著者の犬への愛情がにじんでいます。

古書市で待ち合わせをして、同じ時間帯にいたのに、お互いすれ違ってしまった話(p106)。→私らも本に熱中していると、待ち合わせ時間から相当時間が経ってしまっていることに気づくことがよくあります。

古本奇人の数々、古書仲間とのやり取り(p117など)。→古本を趣味にしていて一番楽しいのが、この仲間とのやり取りです。この本にはいろんな偽名で古本魔人が登場し、彼らの丁々発止のやり取りが描かれています。