:MARCEL BRION 『LA CHANSON DE L’OISEAU ÉTRANGER』(ALBIN MICHEL 1958)(マルセル・ブリヨン『異国の鳥の歌』)


 標記の本の中で、前回読んだ『Contes fantastiques(幻想物語集)』に入っていない10篇の短編を読みました。
 
 何より嬉しかったのは、アンカットのページを一枚ずつペーパーナイフで切りながら読む喜び。学生の頃憧れてその後3本もペーパーナイフを持ちながら、ついぞそういう機会を持てなかったのですが、ようやくこの齢になって実現することができました。

 実際やってみて屑が出るわ、ページのまわりにギザギザが残って汚くなるわ、手間がかかるわで、最近の本が皆あらかじめきれいに裁断されている理由がよく分かりました。

 さて、本の内容は凄いのひと言に尽きます。ブリヨンの初期の短編を集めたものですが、切り口の個性的な多様な作品が揃っていて、これまで私が読んだブリヨンの中では最も面白く、中身が凝縮された感じがします。この本はブリヨンの最高作ではないでしょうか。

 フランス語としても文章は比較的やさしく、私の語学力でも途中で分からなくなって飛ばし読みをすることはありませんでした。物語もそんなに複雑ではありません(今回読まなかったSibilla van Loonは別にして)。

 まさしく幻想小説の名にふさわしい作品群。よく怪奇、恐怖、幻想という形で一緒に語られることが多いですが、吸血鬼や怪物、幽霊、黒魔術を扱う怪奇小説、恐怖小説とは、幽霊的な存在は出没するものの、一線を画すものだと思います。

 異界譚が中心で、その異界も現実と紙一重のところに存在している。あるいは現実自体が幻想的な様相を帯びている。したがって作品の舞台も、虚実の間に存在する劇場空間や、サーカスや祭などの祝祭空間、迷路のある庭園、人の住まなくなった館、古代の遺跡など、主人公も旅人や異国に滞在する人である場合が多い。この点は村上光彦さんが指摘されているとおりです。

 話がどんどんそれて、元の話からかけ離れた別世界が出現するという叙述の仕方をブリヨンはよくしますが、これは一種の枠物語の技法かもしれません。

 恒例により、面白さを◎○△の順で評価しながら、簡単に内容を紹介します。(ネタバレ注意)

◎LA CHANSON DE L’OISEAU ÉTRANGER(異国の鳥の歌)
初めて泊まったホテルで外の風呂から部屋に帰ろうとして廊下で迷った男が、次々と部屋を開けて行くと、その都度意外な世界が現出する。最後の部屋は、歌に合わせて異国の鳥たちが飛び交う大きな劇場だった。そしてその歌い手とともに異国へと旅立つ。劇場とスペクタクルが作品の中核となっている。

△Alpages des anges(天使の高原)
アルプスの自然ゆたかな一篇。牛飼いの少女とのやりとりで、一瞬天使が舞い降りる神秘的な高原の姿が描かれる。

◎La chambre de verdure(緑庵)
幽霊譚の一種。庭園の奥の庵で、前世紀の衣裳を纏った木管五重奏の演奏と途中参入する踊子に出会い幽霊かと思うが、演奏者と話すと仮装した現代人だった。ただ一緒に踊っていた踊子なんか居なかったと演奏者から言われ、最後に驚愕が残る。『幻影の城館』や『森の向こう側へ』にも庭園の中での音楽の場景があったが、これはブリヨンの好きなテーマ。

◎Les marionnettes de Lorimer White(ロリマー・ホワイトの操り人形)
迷路のような劇場(建物)と、生命を宿した人形、芸術家の奇人が主人公、ブリヨン好みのテーマが詰まった物語。集中最高作ではないだろうか。イタリアの演劇マニアで蔵書家の英国人が古い劇場を借りて、操り人形たちと一緒に幸せに暮らしているが、大家から立ち退きを命じられ、蔵書と人形を処分するように言われ、最後は劇場に火を放って人形とともに燃えて行く。フランス語の本を読んでこんなに泣けたのは初めてだ。英国紳士が主人公なので、お茶を飲んだりパイプをふかしたりするのが面白い。Satsuma(薩摩切子のことか)が出てくる。

◎Le carnaval d’Orvieto(オルヴィエートのカーニバル)
エトルリアに旅した男がカーニバルの仮面をつけて打ち興じているうちに、仮面が外れなくなって最後に死んでしまう話。とくに前半のカーニバルの熱狂と並行して徐々に仮面が密着して行く過程が面白い。日本のなまはげからヒントを得たものか?

◎Le cavalier étrusque(エトルリアの騎士)
エトルリヤで、海辺へ行くと、毎日決まって馬に乗った裸の騎士が現れると同時に、足元から蛇が出現していた。ところがある日古代の墓の発掘途上で蛇を殺してから、もう現れなくなってしまった。この浜辺は異世界と直結した空間だったのだ。現代人の無神経で冒涜的な性格を嘆き古代世界を憧憬する物語。馬や蛇の描写が凄い。

◎Faux-bois(森の惑わし)
森の中の別荘をふとしたことで訪れ毎日通うようになるが、テラスから見るローマ時代の廃墟が、見るたびに少しずつ崩壊して行き、最後は湖に沈んでしまう。もう別荘には行かなくなったが、ある日別のところで同じ廃墟を垣間見る話。過去への追憶へのやるせない気持。1942年の戦火の真っ只中でこんな浪漫的な物語が書かれていたとは。

○Monte Caballo(騎馬像)
人々の集団が主人公の物語。高原の村で信仰されていた大理石の馬像が山火事で消えたので、慌てて木の馬を作るが、その馬の是非をめぐって人々は二手に分かれてしまう。そこへ新しい馬が現れ、新旧が争闘した結果、人々は新しい馬の後について行く。前半徐々に惹きつけられる伝奇的雰囲気に比べ、終わり方が寂しい。

○Les rennes(トナカイ)
幼い日に夢見た橇で走る夢。そんな懐かしい思いが、トナカイが庭に出現したことから徐々に広がり、ついに一瞬実現するが、また追憶のかなたに去っていく。郷愁の思いが雪景色とともに繰り広げられて行く。

◎La fenêtre(窓)
ブリヨン節炸裂の一篇。人の住まなくなった豪華な建物、崩れかかった階段、人の気配の幻影、壁に描かれただまし絵、劇場の大道具のような家具、子どもの頃の懐かしい手帳との再会・・・すべては幻影の中に消えていく。