:THOMAS OWEN(トーマス・オーウェン)『CÉRÉMONIAL NOCTURNE et autre contes insolites(夜の儀式―奇妙な物語集)』


THOMAS OWEN(トーマス・オーウェン)『CÉRÉMONIAL NOCTURNE et autre contes insolites(夜の儀式―奇妙な物語集)』(Editions Gérard&C°、1966)


 この本も、大学時代友だちと競うように洋書取次店に注文したうちの1冊。数編読んだ後、そのまま(40年近くも!)放ってありました。以前読んだ形跡のある短編(その頃は訳語を丁寧に欄外に書いていた)をもう一度読みましたが、なぜ昔あれほど苦労し長いことかかってしかも充分読めていなかったのか不思議だ、と思うのは私が進歩したからか、と内心嬉しく思います。


 なかなか良くできた短編が多くて、マルセル・ブリヨンを思わせる彷徨譚もあります。辞書を引きながら外国の怪奇譚を少しずつ読み進めるというほどの悦楽がほかにあるだろうかと思いながら、至福の時を過ごすことができました。


 タイトルの「Cérémonial nocturne(夜の儀式)」を含め、16の短編と1つの中篇が収められています。なかでも、とくに優れているのは、「Wohin am Abend(晩にはどこへ?)」「La fille de la pluie(雨の中の娘)」「Elna1940(エルナ1940年」「Les lectures dangereuses(危険な読書)」「La soirée du baron Swenbeck(スウェンベック男爵の夜会)」「La dame de Saint-Pétersbourg(サンクト=ペテルブルグの貴婦人)」の6編です。どれか一編を選べと言われれば、難しいですが、「La dame de Saint-Pétersbourg」でしょうか。


 東京創元社から加藤尚宏さんの訳で、2冊の訳本が出ていますが、さすがにこの6編のうち4編が訳されています。(他にこの本からは3編が訳されている。)


 翻訳されていないものについて簡単に紹介します。ネタバレがあるので嫌な方はここでストップしてください。

「Cérémonial nocturne(夜の儀式)」
 恐怖譚。いつも通りのことをしなかったばかりに、一瞬の恐怖にさらされる話。深夜の真っ暗な階段で、何かが横を通り過ぎて行くというただそれだけのことだが、とても怖い。

「Le chasseur(狩人)」
 トリックの鮮やかな短編。吸血女が襲おうとして逆にハンターにし止められる話。吸血女の視点から語られ、魅力的な狩人という獲物を得た喜びが一転、自分も狩りの対象にされていたと突然悟るというところがポイント。

「Les lectures dangereuses(危険な読書)」
 奇想小説。主人公が22ページ足らずの小冊子を読むが、読み進むに連れて内容が増えて行きまた現実化してくる。最後はとうとう決闘の相手を呼び出してしまうのだった。

「La Passagère(ヒッチハイクの娘)」
 タクシーに女を乗せたら実は幽霊だったというのに近い通俗的な幽霊譚だが、話の運びのうまさは格別。ヒッチハイクで乗せた娘の忘れ物を知らせようと電話をしてそんな娘がいないと分かったあたりから、現実が急速に幻想化して行くところがポイント。

「La soirée du baron Swenbeck(スウェンベック男爵の夜会)」
 これも古典的な幽霊譚。夜会に集まったメンバー全員が目に見えない人物の首吊り救出劇に立ち会った後、主催の男爵がテーブルに突っ伏して死んでいて、起こしてみると首にロープの痕があったという、非合理な照応が何とも言えない。

「Un beau prtit garçon(美しい男の子)」
 奇想小説。幼い子どもたちが魂を売り買いする話。飴玉と交換に魂を売り渡すというところが何とも子どもらしく可愛らしい。悪魔は美しい男の子として登場する。

「Le grand amour de Mme Grimmer(グリマー夫人の大いなる愛)」
 これも古典的な怪談の味わいがある。訪ねてきた人が実は何ヶ月も前に死んでいたという話。ラブクラフト等にも共通するが、怪奇を感じる場面で臭いが大きな役割を果たしている。

「Le petit fantôme(幼い幽霊)」
 ユーモア小説。幽霊の側から描かれた幽霊譚。典型的な幽霊譚に登場する舞台や人物をパロディ化している。日本の柔道の話が一瞬出てくるが、作者は日本にも興味があるみたい。

「La tentation de saint Antoine(聖アントワーヌの誘惑)」
 奇想小説。怪物の誘惑に負けまいと必死で頑張る聖アントワーヌが最後に女性の誘惑に屈して食人鬼になる話。それまで気高く敬虔な聖人が最後に一転食人鬼になるという、意表をつくところがポイント。

「Etranger à Tabiano(タビアノの異邦人)」
 これ1編が90ページ弱の中篇。どちらかというとSF。おそらく若書きの作品か、読むのが一番つらかった。ストーリーの展開が少なくSF的別世界を描写するエピソードの羅列になっているところ、また会話が少ないのがその原因。異国の自然や社会、風俗を紹介するという形で、奇想がいたるところに鏤められている。本好きが喜びそうな各種のルリュールの材料が出てくる。樹皮や編んだ髪、花びら、ピンクに輝く蛇皮というのまでは分かるが、瞳と睫、薄くて丈夫な苔というのまであった。


 翻訳の出ているものの中で、「Au cimetière de Bernkastel(ベルンカステルの墓)」には、オーウェンと同じくベルギーの幻想小説ジャン・レイが主役として登場。この二人はどうも友だちのようだ。