:C・A・スミス『ゾティーク幻妖怪異譚』


 これは新刊本です。めったに新刊書店に行かないので、時たま新しい本を発見するとこんな本が出ていたのかとびっくりする体たらくですが、この本もそんな状態で慌てて購入したものです。


 久しぶりにC・A・スミスを読んで、文章の詩的な味わいや奇矯な想像力に身をゆだねることができました。この文章力と想像力は、ラブクラフト等の影響を受けてその後たくさん出てきた類書の及ぶところではないと思います。(私の知らないところですごい書き手がいるかもしれませんが)


 興に乗った勢いで、いくつか奇矯な想像力満開の部分を引用してみます。

やがて木乃伊が進みでて、無味乾燥な口調でいった。「宴は用意万端整い、ゾトゥッラ皇帝のおいでをお待ちしております」木乃伊の死に装束が動いて胸もとが開き、瀝青のように褐色の小さな齧歯類の怪物が、穴からあらわれる鼠のように、木乃伊の心臓を喰らったところからあらわれ、呪われた鋼玉のような目で見つめながら、甲高い声で同じ言上を繰り返した。次に骸骨が厳かに繰り返し、黒と黄の縞模様の蛇が骸骨の頭から同じように述べたあと、白い枝編み細工の籠にいるかのように、骸骨の肋骨のなかに坐りこんでいる、ゾトゥッラがいままで見たこともない胡乱な姿の毛むくじゃらの生物どもが、邪悪な唸り声で同じ言葉を繰り返した。/p112

柱のあいだのひろびろとした空間には、ゾトゥッラに随行してきた者たち、廷臣、宦官、寵姫、女奴隷たちが、華麗な羽をした多数の家禽のように、革紐で縛られて横たわっていた。彼らの上では、降霊術師の楽士たちの奏でるリラと横笛の調べに合わせ、一団の骸骨が爪先の骨をかちかち鳴らしてピルエットをした。さらに一団の木乃伊がこわばった動作で舞い、ナミッラの他の生物どもも悍しくはねまわった。そしてゆるやかで邪悪な三拍子で、皇帝の臣下たちの体を踏みつけた。踏みつけるつど、体が大きくなっていき、ついにはとびはねる木乃伊巨人族木乃伊のごとくになり、骸骨も巨大化した。音楽はさらに高まりゆき、ゾトゥッラの臣下たちのかすかな悲鳴をかき消した。/p119

たちまち黒ぐろとした雷雲が太陽に覆いかぶさった。地平線にならぶ雲は化け物じみた姿を取り、その頭部と四肢はどことなく種馬の姿に似ていた。恐ろしくも後脚で立ちあがると、消えた燠のような太陽を踏みにじり、ティーターン族の曲馬場にいるかのように走りまわって、その姿を大きくしながらウッマオスのほうにやってきた。災難の前兆のような蹄の轟きが先に聞こえ、大地がはっきりと揺れるなか、ゾトゥッラはこれらが実体のない雲ではなく、大宇宙の弘大さのなかにある世界を踏みつけるためにやってきた、現実の生物にほかならないことを知った。・・・種馬の群は数多くの小塔を備えた嵐のように到来して、その重みで世界が傾き、深淵のほうへと沈んでいくかに思われた。/p121

 全編を通じて、魔術、妖術が展開され、廃墟、遍歴、病、死、奇形、残虐のテーマがいたるところに出てきて、権力者や帝国をめぐる神話的世界を作っています。
 この作家が『千夜一夜物語』や『ルバイヤート』の影響下で創作をスタートさせ、『ヴァテック』やボードレール、ポーなどへの強い憧れを抱きながら文章を磨いていったことが、あとがきに書かれていますが、私の嗜好とぴったり合致していて、嬉しくなりました。C・A・スミスは、ロマン派から世紀末象徴主義の系譜の延長線上にある正統な作家であることを確信しました。


 ただ、年齢を重ねると刺激に対する感受性が変わってくるのでしょうか。もう30年以上も前ゾティーク(以前はゾシークと訳されていた)譚を集めた『魔術師の帝国』が出版されたときには感涙に咽び、その後もいくつかの翻訳を読んで、20世紀の怪奇小説ではW・H・ホジスンと並んで最も敬愛する作家であり続けていましたが、今回は想像力の酷使が目について、やや食傷気味です。あまりにも狭く閉じて偏った世界のなかで、これでもかと言っている印象があります。とくに残虐さや腐敗趣味の横溢には思わず身を引いてしまいました。


 訳者によるあとがきはスミスの全貌を紹介した大部の労作で、スミスが書き始めるまでの道のりやラブクラフトとの関係などいろいろと知ることができ貴重です。ただひとつ残念なのは、先述の『魔術師の帝国』やC・A・スミスの他の翻訳本、『イルーニュの巨人』(最高作品群だと思う)にも『アトランティスの呪い』にも一言も触れていないことで、まさかそういう翻訳があることを知らなかったわけではないと思いますが、そういった本が日本でも出ていることを知らない若い読者に対して不親切なことだと思いました。


最後に勢い余ってもう一つおどろおどろしい魔物の描写を。

狂った魔物の冒瀆的な夢のごときものだった。主要な部分というか、その胴体らしきものは、壷のような形をしていて部屋の中央にある妙に傾いた石塊に鎮座していた。色は青白く、小さな孔がおびただしくあった。その胸と平たくなった基部から、腕のような脚のようなものが数多く突き出て、膨れあがった悪夢のような環節を具えて床に達していた。他の二つの器官がぴんと張りつめて伸び、石塊のそばにある、異様な古めかしい謎の文字が刻まれた、金色の金属製の空っぽらしい棺に、根のように入りこんでいた。壷の形をした胴体には二つの頭があった。その一つは、甲烏賊のように尖った口があって、目のあるべきところに長い斜めの裂け目がならんでいた。狭い肩の上にあるもう一つは、風格のある陰鬱な恐ろしい老人の頭で、そのぎらつく目は小尖石のように光り、灰色の顎鬚が長く伸び、密林の苔が忌まわしい多孔性の胴体に密生しているようだった。この人間の下にある胴体の脇腹には、肋骨の輪郭めいたものがかすかに認められ、器官のいくつかは末端が人間の手や足になっていたり、人間に似た関節を具えたりしていた。頭や手足や胴体から、ミラブとマラバクを窖に入りこませることになった、あの謎めいた水の音が聞こえた。その音が聞こえるつど、ぬらぬらした露が化け物の異様な孔から滲み出て、果てしなく滴り落ちるのだった。/p196